妖精がそこにいた。
全校応援で無理矢理行かされたサッカーインターハイ県予選決勝。
ピッチ内で行われる激闘。ゆれるスタンド。
きっと、私以外の生徒は声の限りに応援しているのだろう。
私は耳が聞こえない。
全ては私の想像である。
しかし、今はこれでいい。
雑音が聞こえないおかげで私は彼に集中できる。
音のない世界では、彼の優雅なドリブルも、創造成豊かなパスも、
そして何より、彼の心底楽しそうな顔も私だけのもののような気がした。
どうやら、私は妖精に心を奪われてしまったらしい。
翌日、私は彼について徹底的に調べあげた。(とは言っても、
彼は有名人でほとんど調べあげる必要はなかったのだが)
彼の名前は、兵藤 純也。3月14日生まれの17歳。右利きで血液型はO。
母と妹との3人暮らしで、いわゆる母子家庭。
しかし、彼と母、妹とは血がつながっていない。
それでも、父の死後、本当の息子のように育ててくれた母に彼は感謝していて、
いつか、恩返しをしたいと考えているらしい。
そして、何より私を驚かせたのは彼の妹。
彼女(名前は茜)は、私と同じで耳が聞こえない。
それで、彼は妹との会話のために手話をマスターしている。
つまり、私と直接、会話ができるのだ。
何て偶然……。
偶然?本当に?
いや、違う。これは運命だ。
きっと彼は、神様が私の耳の代わりにくれたモノなのよ!!!
……ふふふ、あはははは。
なぁ〜んだ、神様、そういう事だったのね?
今まであなたを怨んでごめんなさいね、そして、ありがとう。
私は彼と幸せになります。
次の日から私は行動を開始した。
まず、朝一に学校へ登校し、純也くんの下駄箱の確認。
……やっぱりあった。
しかも二通も……。
まぁ、純也くんはかっこいいからね。この位は想像してたよ。
だけどね、純也くん。そういうトコの管理はしっかりしなくちゃ。
変な雌猫を近付かせちゃダメ。勘違いされちゃうよ?
私は下駄箱にあったそれををバッグの中にいれた。
後で名前を確認しなくちゃ。
悪い猫にはしつけが必要だからね、ふふふ。
下駄箱を出た私は校門へと向かう。純也くんを見張りに。
言っておくけど、私はストーカーじゃないよ?
例えばね、自分のリンゴにハエがたかってたら、みんな追い払うでしょ?
私がしてるのも同じ。
だって純也くんは私のモノなんだから。
それから十分くらいたった後、純也くんは登校してきた。
あ〜純也くん純也くん純也くん純也くん、私の純也くん。
純也くんは笑顔だった。
その笑顔を見て、私の胸に淡くて、熱いものがこみあげてくるのを感じた。
しかし、すぐに私の熱は真っ黒な炎へと変貌していく。
誰?あの女。
女が私の純也くんにピッタリとはりついてい歩いている。弾けるような笑みを浮かべながら……。
何、あの女?一体誰の許可を取ってそこにいるわけ?
純也くんは私のモノなんだよ?
殺意が爆発する寸前、幸いにも疑問は氷解した。
二人がしきりに手を動かしていたからだ。
ふーん、手話……ね。
そう、彼女が茜、ちゃんか………。