広き檻の中で mixture world mixture world 9
[bottom]











PiPiPiPi!PiPiPiPi!PiPi……
「ぐあ!俺の安眠を邪魔しおって……」
朝。今日もなんらかわらない目覚めだ。が、
「ふぅ……」
今日に限ってアンニュイな気分だ。まあ、月曜日はいつもこんな感じだが。起きるか。
のらりくらりと起き上がり、食パンを焼きながら着替える。制服の学校ってのは楽で良い。
「………」
ふと着替えながら考える。たまに、昨日までのできごとはすべて夢だったのではないか?
今日初めて夢から覚めたんじゃないか?と。
「馬鹿な……」
昨日も普通に過ごして寝たんだ。んなこたぁーない。やっぱ今日は低電圧だな。
焼き上がったパンにバターを塗り、コーヒーと一緒に食す。コーヒーはブラックに限るね。
やっぱ朝はこうアメリカチックに優雅じゃないとな。
「せんぱーい!!時間ですよー!晋也せんぱーい!」
ダンダンダンとドアを連打しながら、若き少女の叫び。
「誰だ!儂の不可侵なる聖域に土足で踏み込むのは!恥を知れぇい!!」
「別にゆっくりするのは構わないですけどぉー!時間無いですよー!」
「え?」
腕時計を見ると、既に家を出る時間になっていた。

 

「は、早くそれを言いなさい!!」
「さっきから急かしてたのに………」
朝っぱらから大声で………隣りの部屋の人に失礼ですな。慌ててパンをコーヒーでながしこみ、
鞄を取っていざ出陣!
ガチャッ!
「あ、おはようございます。せんぱい。」
ペコリと行儀良く頭を下げる少女。
「うむ、おはよう、後輩。」
「……その後輩って呼ぶの、止めてくださいよぉ。」
「なんで?お前は俺をせんぱいと呼ぶ。だから俺もお前を後輩と呼ぶ。うん。万々歳万々歳。」
「私には烏丸春華というれっきとした名前があるんてす。だから私を呼ぶ時は春華と………」
「おはよう、烏丸春華。」
「……もういいです。行きましょう。」
真夏の炎天下の中、二人の戦士は熱気という敵陣を抜け、学校へと向かう。
「ふぃー……まだ六月の始めだっていうのに、溶けそうなほど暑いですねぇ。」
「………」
「せんぱい?」
「んあ?…あぁ、暑いな。」
「……どうかしたんですか?せんぱい?…どこか具合が悪いとか?」
「いや、暑くてぼーっとしてただけだ。」
そういってスタスタと歩く。春華も小走り気味について来る。

 

「………」
やっぱ、今日は何か違う。……というより、何か足りない。……忘れ物があるような気がする。
鞄の中はいつも空っぽだから変わりはない。特別提出する様な物もない。
と、歩いていると、ポケットに違和感を感じる。何かと思って探ると………
「せんぱい……それ、なんですか?」
そこにあったのは、一本の安そうなナイフだった。……なぜか……とても懐かしい。
昨日今日手に入れた様な物じゃないような………
「あ、あれ。春校の制服ですよ?めずらしいなぁ、こんな所にいるなんて。」
気付けばもう校門に着いていた。
春校……私立春英高校。俺のかよう夏目高校とは全く正反対の(俺の家から見て)高校だから、
こんなとこにいるのは珍しい。が、そけにたっていた春校の女子から、目が離せなかった。
見とれてる。そう表現するのが適切か。何も考えなしに、ゆっくりとその女子に近付いていく。
まるで操り人形の様に、体が動く。その女生徒も、俺を見ている。
「………せんぱい?」
春華が後ろから呼び止めるが、止まらない。意識が戻った時には、その女子の目の前まできていた。
「あ……」
「う……」
二人とも言葉に詰まる。

しばしの沈黙。
先に口を開いたのは俺だった。
「えーっと……いきなりでなんなんだけどさ………これ、受け取って欲しいんだ。」
そういってさっきのナイフを渡す。いきなりで変な奴だろうと見られると思ったが、自然にそれを
受け取り、ぎゅっと胸に抱く。
「あり…がとう。」
消えそうな声で、返事をもらう。初めて聞いたはずの声。これがなんだか愛しくて。
「あと、一つ。どうしても言いたいことがあるんだ。……この言葉、お前が予約してたんだけど……
やっと言えるよ。」
「うん。私も、あなたに言いたいことがあるの。」
少女の目からは涙が。ばっか……まだ泣くにははええよ。
「多分、言いたいことは同じだから、一緒に言うか。」
周りの生徒が見せ物の様に見てくる。見たけりゃ見ればいいさ。みんなにも、俺のこの少女への思い、
聞かせてやるよ。
周りの奴等に、学校の中にいる奴等に。世界中の奴等にも。
別の世界で生きているかもしれない、俺を応援してくれた人へ、俺を愛してくれた人へ………皆に届け。
俺は、一番大切な『無くし物』を取り戻したよ。かけがえのない、愛する人を。
もう二度と失わないよう、ここに宣言する。
「「愛してるよ!!!し…………」」
高い夏空の下。
響く二人の声。届け、止まること無く。俺がここにいる事が、アイツらにもわかるように……………






Fin


[top] [Back][list][Next: 広き檻の中で mixture world mixture world 10 ]

広き檻の中で mixture world mixture world 9 inserted by FC2 system