広き檻の中で mixture world mixture world 7
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あれから………志穂のナイフを拾ってから、どれ程経っただろうか。あれ以来、ずっとお嬢の部屋に
いっぱなしだ。
もう四人みんなが顔を合わせて楽しく食事なんてことは、夢のまた夢だ。
………これが生きるために、望んだ結果?……いや、違う。こんなすれ違いの生活じゃない。
みんなでワイワイやって馬鹿やって……
それが俺の望む事だろ?
「もう……無理か……」
意志喪失。少なくともお嬢が幸せになってくれれば、それでいいか……
「晋也さん?いますか?」
小さな声で、里緒さんが部屋のそとから呼んでる。お嬢を起こさないようにゆっくりベットから降り、
部屋を出る。
……なんか、怒ってる?里緒さん。
「ちょっと、ついて来てくださぁい」
「はぁい。」
里緒さんに言われるがまま、ついていく。一階へ降り、先へ先へ……五分ほど歩いて着いたのは、
治療室だった。
「いっけませんよー、里緒さぁん。夜の密会だったらもっとムード溢れるとこにしないと。」
「それは、また今度連れて行ってあげます。」
やったぁ……約束もらったネ。
「ま、とにかくなかにはいりましょうねぇ。」

 

鍵を開け、ドアを開ける。ムワっと、薬品独特の匂いが鼻を突く……嫌いだなぁ、この匂い。
ザッザと奥に入っていく里緒さん。慌ててそれについて行く。奥のベット。カーテンで遮られている。
……ここでやるってか?
「いや、もっと場所を選びましょうよ。」
『?』という顔をしたまま、カーテンをあけると、そこには………
「志…穂?」
脳が熱い。理解ができない。志穂が点滴を受け、寝ていた。
「はは、は……やだなぁ、びっくりにしちゃ大掛かりだなぁ。」
「晋也さん。」
いつもの冗談も、ピシャリと里緒さんに止められる。目が真剣だ。……まじっすか…
「なんで……っすか?なんでこんな……」
「栄養失調です。……重度の」
「…栄養…失調……」
ただ里緒さんの言葉を繰り返すしかない。……重度って……命に関わることか?
「……一週間、なにも食べてないんですよ?……見つけるのが遅かったら、死ぬところでした。」
……俺のせいだ…俺の……ヨタヨタと近付き、志穂の手を握ろうとする、が。
「晋也さ〜ん。そんなことできる資格ありますかぁ?」
またいつもの口調で話す里緒さん。

「………」
無いな。俺のせいなんだから。……これが…生きるために必要?
「俺…俺……」
「この前私が言った事、覚えてます?」
「後悔の無い様に……」
「そのとぉり!」
…後悔しまくりだ。……後悔するだけで済むなら、一生してやるさ。
「晋也さん。」
再度呼ばれて振り向くと……パン
痛くは無いが、響くビンタ。「嗚呼……」
「わかりました?人の感情を見て後悔するんじゃないんです。自分にとって、後悔するかどうかですよ?
人の顔色伺いながら、自分も幸せになれる程、晋也さんは器用じゃないんですから………せめて、
自分の幸せだけでも手に入れましょうよ…」
……俺の……幸せ……?
「は、はは……そっかそっか。自分の幸せだけでも……ね。」
了解だ。迷いは無い。即決即行動っと
「ありがとう!!里緒さん!あんた人生の恩人サ!!」
「どういたしましてぇ。」
ホワッとほほ笑む。うん、癒される癒される。一つの決意を胸に、部屋を飛び出す。
(さようなら、里緒さん)
これが最後かもしれないから、俺は声に出さず、心の中で別れの言葉を呟いた………
あの里緒さんの笑顔、願わくば忘れぬように………


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