広き檻の中で mixture world mixture world 5
[bottom]

夜。
まだ必要な荷物を取りに、部屋に戻って来た。とは言え、俺の部屋自体簡素なものなので、
これといって大事なものは無いが。
ひとまず小説類を(官能含む)袋にまとめ、部屋を出ようとすると……
「晋也?……いる?」
…志穂の声だ。志穂がこのドアの前に居る。
「………」
でも声は出せなかった。ここで志穂と話したら、なんの意味も無い。ただ沈黙をとうした。
「なんだ…いないんだ。物音がしたから居るかと思ったんだけどなぁ…………お嬢の…部屋、かぁ……」
トッと、ドアを軽く叩く音がする。ドアに寄り掛かったのだろうか。
「あのね……晋也……」
志穂が何か話始める。俺が居ないと思ってるから一人ごとかなんかだろう。……何でも言ってみなさい。
返事は出来ないけど、聞いてあげるから。
「さっき……晋也が……お嬢が好きだって言ったの、本当……なのかな?
………あの時、私が晋也だけは譲れないって言ったのは……本当だよ?私、晋也がいないと
ダメなんだ………生きていけないよ。
そんな事、本人の前では言えないけどネ………今日一日、晋也と話せなくって……いつもみたいに
馬鹿できなくて……初めて、わかったの。でも、もう遅かったかな
?晋也は、わ、私の、手の届かない所に…グス…行っちゃったのかな?……うぅ…えぐ…ぐす……」
涙声が混じり、しばらくの間嗚咽が漏れる。
「………小さい頃から…お嬢や…里緒さんや…晋也も私も…いつも一緒で……楽しかったんだけどなぁ……
やっぱり、いつまでも続く関係じゃなかったんだよね……結局、私の負けってことだったんだね。」
ごそごそと、何かを探る音がする。ドア一枚しかないからよく聞こえる。

 

「このナイフさ、初めて晋也からもらった誕生日プレゼントなんだ。……覚えて、無いよね……
これ、ずぅーっと身に着けてるんだ。着替えても、お風呂入る時も、寝る時も。
なんか、すぐ側に、晋也が居る様な気がして、嬉しくなっちゃうんだ。」
忘れやしない。覚えているとも。あれは、志穂の七歳の誕生日。六月七日。暑い夏の日。
あの前日、俺は初めて誕生日にプレゼントを送ると言う事を知った。……今まで自分の誕生日に
プレゼントを貰った事が無かったから、知らなかったんだ。
もう日が無く、俺は焦りまくった。部屋にあるガラクタをあげても失礼だと思い、
なけ無しのお金をかき集め、下町まで行ったんだ。
あの炎天下の下、何時間もかけて歩いた。いや、死ぬかと思ったね、うん。それでやっと着いた店で
買ったのがあのナイフ。
意識朦朧としていて、なんでナイフを買ったのかは覚えてねぇや。
あの死ぬ様な思いをして以来、志穂にプレゼントをあげた覚えなんてない………
「あの日、お嬢と里緒さんからもプレゼント貰ったけど………晋也プレゼントより、
何倍もよかったものだったよ。」
わるぅございましたネ!
「でも、でも!晋也から貰ったっていうだけで、何よりも大切なものだった…………
でも、もうこれは持っていられないや………晋也が…うぅ…お嬢が好きだって言うんなら…ぐす…
これを持ってても、辛いだけだよ…ぅ……」
厚い、このドアは果てしなく厚い。いますぐ飛び出して、抱き締めてやりたい。
「後悔の無い様にしてくださいねぇ。」
里緒さんの一言が脳裏に浮かぶ。いまここで部屋を出たら、後悔するだろうか………
そう悩んでいると、カランと言う音の後に、志穂が走り去る音がした。
そっとドアを開けると、案の定志穂の姿は無く、そこにはナイフが残っていた。
「ばっか……忘れもんだぞ。」
そっとナイフを拾う。
まだ少し暖かい。ずっと…ずっと身に着けていたと言う事がわかる。
「あぁ……俺は……どうしたら。」
どうしたらいいんだよ!!!俺!!!!!!


[top] [Back][list][Next: 広き檻の中で mixture world mixture world 6 ]

広き檻の中で mixture world mixture world 5 inserted by FC2 system