広き檻の中で 第10回
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里緒さんが寝込んでしまった。
まぁ、丸二日、ろくに食べて無いんだからそりゃそうだろう。
「ちょっと里緒さんの様子見てくる。」
「……」
ギロリと擬態音が付くのではと思うほどの勢いで睨み付けられる。こわひ
「ほれほれ、そんなおっかない顔せんで、スマ〜イル。」
「……私が笑えないの知ってるくせに」
志穂の無くし物は『笑顔』。笑い方を知らないのだ。
本人曰く、「口笛吹けない人に口笛吹けって言ってるようなもんよ。」
なるヘソ。
俺自身、口笛吹けないから何となく分かる。やり方がわからないのか。
笑顔とは喜びという感情を形にしたもんだ。だから笑えない志穂は年中怒ってばっかだ。
「わちきの有り余る笑顔を分けてやりたいヨ!」
「あんたは笑いすぎ。……まぁ、いいわ。行くんなら早く行って。さっさと戻ってきなさい。」
「ウィ。」
フレンチな返事をして、お粥を運んで行く。「里緒の部屋」と可愛らしく書いてあるドアの前まで来る。
年に合わず(失礼か)里緒さんは少女趣味なのである。
コンコン
「は〜い?」
元気のない弱々しい声で返事を返される。
「晋也です。お粥、持ってきましたよ。」「開いてますからどうぞ〜」
ガチャ
「うふぁ!」
開けた途端、真っピンクな光景が俺の網膜に焼き付き、脳を刺激する。
一度だけ入ったことがあるが、変わっていない。
フリフリのついたパジャマ。ぬいぐるみの熊や置物。天使の刺繍が入った絨毯。
末期です。Mrs.
目まいを堪えながらも、ベットまで食事を運んで行く。
「はい、鳥のササミ入りです。味は俺が保証します。」
「おいしそうですねぇ〜。晋也さんが作ったんですか?」
「いんや。志穂が作りました。」
それを聞いた途端、里緒さんの表情が曇る。
うーん。ここは嘘でも「俺が作りました」と言っとけば好感度アップしてたかもなぁ。

「あのぉ、晋也さん?お嬢様は………」
「んん。まだ見つかりませんねぇ。全く。隠れんぼは強いねぇ。」
里緒さんがシュンとした顔になる。が、ハッとしたようにこっちをみて言った。
「そういえばお館様の点滴、そろそろが交換の時間なんですけど………見てきてもらえますか?」
「あぁ、いいっすよー。」
そう言うと鍵を渡される。この館のマスターキーだ。鍵の管理は里緒さんがやっている。
俺に預からせたら何をされるか分からないと志穂に言われた。
まぁもうナニはしたんだが。
嗚呼!またそんなこと考えるからオッキしちゃうよ!
「じ、じゃあ見てきます。」
里緒さんに棍棒を隠すように背を向け、部屋を出る。
「あ〜。性欲を持て余す。」
部屋に戻ったら志穂を呼んでヤろう。
嫌がっても体は正直だな。このセリフも言ってみたい。
しかし……志穂は俺にとってなんなんだ?
恋人?性欲処理機?
前者、告白はしちょらんな。
後者、それ言ったら八つ裂きだ。
「ま、この屋敷にいる限りは考えるだけ無駄サ〜。」
当主の部屋へ来る。ノックは無用。返事なんか返ってこないからだ。
ガチャ
鍵を開けて入る。





腐臭
それがファーストインパクト。適切な表現だ。部屋には腐臭が広がっている。
匂いの発信源。当主。結果、死亡。
死んでいた。
深々と刀が刺さっていた。当主のコレクションの一つだったはずだ。
「えーと……」
自分の感情整理。
恐怖、感じる。
驚き、感じる。
悲しみ、感じる。
O.K。無くし物は増えていないな。
「は、はは。ドッキリかなんかかナ?」
カメラがないか探してみる。
「死んでいたでしょう?晋也さん。」
戸の影から里緒さんが入って来る。具合悪そうな様子なんてない。
「ふふふふ………私が殺したんですから、当然ですよね。」
「は?……あっはは。またまたぁ。冗談がお上手ですねー。」
「冗談なんかじゃあありませんよ。確認してみます?」
そんなのしなくてもわかる。死臭で満ちている。
「ふ、ふむ。でわ、殺した動機をいいたまへ。」
タンディズムに顎を擦りながら問い掛ける。
「ふふ…こんな状況でも、気楽でいられるんですね?」
笑顔を崩さず聞いてくる。
天使のような悪魔の笑顔とはこのことか。
「だって知ってるんでしょ?俺の無くし物をサ!」
「そうでしたね。」
テヘッ、という感じて自分の頭を小突く。
俺の無くし物。
それは『真剣さ』だ。どんな時にも真剣になれない、冗談半分のオチャラケた感じになってしまう。
だから今も、シリアスにはなれない。
「そいで?なんでまた?」
再度質問。
「だって…邪魔だったんですよ?この廃人の世話をしている間、晋也さんに会えないんですもの……
しかも志穂ちゃんと一緒にいると思うと、悔しくてきがくるいそうだったんですよ〜」
そう言って嬉しそうに小さく飛び跳ねる。
「でももうその必要はありません。晋也さんといられる時間、増えましたね。」
「あのさぁ……こんな老人でも長年一緒にいたんだからサ、ちったぁ……」
「私の無くし物、知ってます?」
「…ノー」
「悲しみです。この人が死んでも、何も感じませんよ〜。それより、喜びのほうが大きいですからね〜。」
……こいつぁ大物だぁ。


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