夢と魔法の王国 第5話
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<プロローグ>

朝。
登校してきた拓に挨拶したけれど、無視された。
拓は、そのまま教室から出ていって、授業が始まるまで帰ってこなかった。
後を追いかけることも出来なかった。

授業の合間、何度も話かけようとしたが、拓はそのたびに教室からいなくなっていた。
ワタシを避けているようだった。

……怖い。

ワタシはなにをした。
なにかしたっけ。
拓が不愉快に思うことを?
なにを怒っている。
わからない。
拓はワタシのこと、嫌いになったのか。
違うそんなはずない。
でも、そうじゃないと――

昨日、別の男といたことが、棘のようにワタシの心に突き刺さっている。
考えたくなくて、後ろめたさを必死に押し殺した。
考えたくない。
考えたくない。

……あ。
アイツがなにかしたのか。
アイツがなにか言ったのか。
そうだ。
こんなに急に拓の態度が変わるはずない。
昨日のデートだけでなく、あることないことベラベラと吹き込んだのだろう。
アイツのことだ、どんなことを言ったかわからない。

……だとしたら、もう許してやらない。

 

昼休みにようやく拓を捕まえて。
なんとか、放課後、二人きりで話す約束をした。

* * * <1> * * *

「母さんが死んだよ」
開口一番、拓はそう言った。
「……え?」
まったく思いがけない言葉だった。
もちろん拓のお母さんが病弱だったことは知っていた。
でも、死んだって――
「母さん、嘘ついてたんだ。余命半年とか言って、実はいつ死んでもおかしくなかったんだって。
 はは。笑っちゃうよね。僕のためを思って嘘をついてくれてたんだ。
 あと半年とか、まだ大丈夫とか、治る見込みもあるとか、……嘘ばっかりだよ。
 そんなんだったら、本当のことを言ってくれた方がよかったのに」
屋上の冷たいコンクリートの上に、拓は座り込んだまま、じっと動かない。
傍に立つワタシには、うつむいた彼の表情は見えない。
けれど、これで朝から様子がおかしかった理由がわかった。
大切な人を亡くすことは辛い。
いつもと違って当たり前だ。
……でも、どうしてワタシに言ってくれなかったんだろう。
ワタシは信用されてないのだろうか。
拓のそばで彼を支えてあげるのは、ワタシの役目なのに。
「ねえ、ミィちゃんは、嘘、つかないよね?」
心細げに見上げてくる拓に、ワタシは勢い込んで答える。
「つかない。絶対に、つかない。誓うよ」
拓は弱々しく笑って、立ち上がった。
そして正面からワタシを見据える。
「……信じる。だから、正直に答えて」
拓は一息置いて、言った。
「昨日、ミィちゃんと一緒にいた男の人は誰?」
――っ!
見られていた!?
……そうか、美樹が!
「ミィちゃんは、あの人が好き……なんだよね?」
「違う!」
叫んだ。
「あ、あれは、ただの友達なんだよ!」
視界が涙で滲む。
拓はそんなワタシを見つめている。
その目には、もうワタシは映っていないような気がした。
怖い。
怖い。
怖い。
拓が離れてっちゃうよ。

ワタシは拓の胸にすがりつき、訴える。
「違う! 違う! ワタシには拓だけなんだ! 信じてようっ……」
拓は、涙でぐしゃぐしゃのワタシの顔を、じっくりと眺めて。
――やがて、微笑んだ。
「わかってる。ミィちゃんは、嘘つかないもんね」
「信じて、くれるの?」
拓は、無言で頷いた。
……よかった。よかったよ。
わかってくれた。
そうよ、ワタシと拓は愛し合っているんだもの。
美樹が何を言おうと、何をしようと、ワタシたちは――

「でも、もう別れよう」

……え?

「ミィちゃんは、母さんが死んだとき、……来てくれなかったよね」

え? ちょっと、 え? そんな、 それは、 だって、

「言い訳はいいんだ。責めたりもしないよ。
 ……でも、僕は、死ぬほど悲しかった。
 そんなとき、傍にいてくれない人は嫌なんだ。
 傍にいてくれたのは、美樹ちゃんだった。
 ねえ、ミィちゃんと美樹ちゃんは双子だよね。
 同じ性格で、同じ顔だよね」

違う。違うよ。
どこが似てるって言うの。
ぜんぜん違うじゃない。

「それなら、傍にいてくれる美樹ちゃんを、僕は選ぶよ」

そんな。
そんなことって……。

「僕は、美樹ちゃんのことが好きだ」

「あはっ」
そのとき。
「あははははっ」
ワタシは笑っていたのかもしれない。
ワタシは泣いていたのかもしれない。
壊れた。
なにかが、ワタシの中で壊れた。
ワタシは笑っていたし、泣いていた。
もういい。
全部教えてあげる。
なにもかも嘘っぱちだって教えてあげる。
「いいことを教えてあげようか」
ワタシは拓の耳元に囁いた。

「――美樹は男だよ」

あはははっ!
そのときの拓の表情といったら!
「……そ……そんなの、嘘――」
「嘘はつかないって、さっき言ったろう」
そう、それは拓が誓わせたことだ。
だからこそ、拓はワタシの言葉を否定できない。
「アイツは女装が趣味なんだよ。女に混じって、それで自慰にふけっている変態。
 スカート履いてチンコおっ勃ててるような変態なのさ。
 あははははっ。拓はそんな変態に欲情してたってわけだ。
 ああ、拓。可哀想な拓。
 泣くことはないぞ。ワタシがいるじゃないか。
 拓のこと、ワタシは理解ってる。
 ワタシだけは理解してるっ!」
ワタシは頬の筋肉を無理やりに引き上げて笑った。
びくん、と拓が震えた。
「ねえ、拓」
ワタシはできるかぎり穏やかに語りかけた。
子供を優しく諭すように。
赤ちゃんに言い聞かせるように。
「ねえ、拓。お願いだよ。
 拓はかしこいから、わかるだろう?
 拓とあいつは結ばれないんだ。
 どんなに想われても。どんなに想っても。
 二人は絶対に結ばれない。
 ねえ、ワタシなら拓を愛せるんだ。
 拓。拓。たくぅ……。
 拓も、ワタシなら愛せるだろう?
 だから、ね? ワタシにしよう?
 拓は、ワタシを愛してくれるよな?」
私はそっと、彼を抱きしめた。

抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。
抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。
抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。抱きしめた。

ワタシの腕の中で震えていた拓は、
「う、うん、わかり、ました」
――ぎこちなく頷いた。

もう、絶対に離さない。

* * * <エピローグ> * * *
『美樹ちゃん? 拓だけど。……えっと、話があるんだ』

『うん、わたしも、話がある』

『いまから、僕の学校の体育館裏に来てくれる? あそこなら誰も来ない』

『わかった』

『待ってるから』

『うん』

 

言われなくても、授業が終わってすぐに、わたしは拓ちゃんの高校に向かっていた。
告白するつもりだった。
真実を、わたしの口から話すつもりだった。
わたしは深呼吸した。

いよいよだ。


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