夢と魔法の王国 第4話
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* * * <プロローグ> * * *

『お姉ちゃん? いまどこにいる?』
『どうした?』
『尾行してたんだけど、見失っちゃって』
『……おまえは本当に暇人なんだな。まあ、それなりに楽しくデートしてるから。邪魔するな』
『ああ、そうなんだ。なら"問題ない"わ』
『……なんだそれは。切るぞ』
『うん。せいぜい仲良くね。おまえみたいな女を相手にしてくれる人なんて珍しいんだからさ』
『――っ!!!』

――ッー……ツー……――

切れたか。
わたしは拓ちゃんの方に向き直った。
「美樹ちゃん? 電話終わったの?」
「うんっ! 早く行こっ!」
拓ちゃんのお母さんが心配だ。
余裕のない表情をしている拓ちゃんの手を引いて、わたしは走り出した。

お姉ちゃん、デート、楽しんでね。

* * * <1> * * *

運よくタクシーを拾うことが出来て、車中。
運転手さんに事情を話して、全速力で飛ばしてもらっている。
運賃もあとでいい、だってさ。いい人だ。
拓ちゃんは落ち着きなく、窓の外を眺めたり、前を睨んだり、俯いたりしている。
タクシーが何度目かの角を曲がったとき、拓ちゃんがぽつりと呟いた。
「……ミィちゃん、来てくれるって?」
こんなときにあの女のことなんて、と思いつつも、正直に答えてあげる。
「さぁ、なにも。どこにいるかも教えてくれなかったよ。デート中だからじゃないかな」
「そんな……。いや、絶対来てくれるよね……」
拓ちゃん、まだあいつのこと信じてるんだ。
目の前で別の男とデートしてるとこを目撃しても、まだ。
……妬けるなぁ。
タクシーが信号に引っかかった。
運転手さんが申し訳無さそうに、ルームミラーでわたしたちの様子を確認する。
わたしたちはどう見えているのだろう。
兄妹?
友達?
恋人?
ただの男と女?
男と、男?
……まったく、こんなときに考えることじゃないな。
「母さん……」
拓ちゃんの声は悲痛だ。
わたしは、そっと彼を抱きしめる。
「絶対大丈夫だよ。これまで元気だったんでしょ?」
「うん……まだ半年は、って……。倒れることも、しょっちゅうあったし……。
 ……でも、今回は先生の声、真剣で……『今度ばかりは覚悟して』って……」
拓ちゃんはいまにも泣き出しそうで、すごく弱々しい。
わたしは、腕にさらに力を込める。
「わたしがいるから……そばにいるから……大丈夫だから……」
そう、拓ちゃんのそばにいるのはわたしだ。
あの女は決して来ない。
来ないんだよ、拓ちゃん。

* * * <2> * * *

「手術中」のランプが煌々と光っていた。
わたしは、ずっと拓ちゃんの手を握っていた。
拓ちゃんは、ずっと目を瞑っていた。
わたしたちが病院に着いたのはギリギリで、
手術室に入っていく拓ちゃんのお母さんの姿を、少しだけ見ることが出来た。
拓ちゃんはぎゅっとお母さんの手を握って、そしてすぐに引き離された。
それからずっと、この状態――
「なんで……ミィちゃんは来てくれないんだろう……」
「デート中なんだよ」
「なんで……来てくれないんだよ……」
「……知らないよ」
本当は知っている。
わたしが伝えなかったからだ。
来なくて当たり前だ。
拓ちゃんのそばにいるのは、わたしなんだから。
わたしは、もう少し強く、拓ちゃんの手を握り締めた。

 

「手術中」のランプが消えた。

手術室から出てきた医者は、
すぐさまわたしたちに近付いてきて――

「うああああああああああああああっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」

拓ちゃんの絶叫を、わたしは何も言わずに聞いていた。
拓ちゃんが流す涙を、泣かずにじっと見つめていた。

* * * <エピローグ> * * *

『うん、もう大丈夫』
『僕、頑張るよ』
『今日はずっと傍にいてくれてありがとう』
『……僕は、美樹ちゃんのことが好きだよ』
『これからもずっと傍にいて欲しい』

おやすみを告げて、通話を切った。

わたしは家に帰っていた。
時計の針はもう23時を回っている。
美衣はもう眠ってしまっているだろうか。
……今日は疲れた。
悲しいこともあった。
けれど、それ以上に嬉しいことがあった日だった。
電話越しに聞いた拓ちゃんの声が、まだ耳に残っている。
『好きだよ』
好き。
好き。
好き。
わたしも好きだよ。
……わたしの夢が叶うかもしれない。
拓ちゃんなら打ち明けられる。
言ってみよう。
わたしがちゃんと心を込めて告白すれば、
彼はわたしが男だと知っても受け入れてくれる。
信じてみよう。
拓ちゃんを、信じるんだ。
そして、ずっと傍にいてあげるんだ。


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