夢と魔法の王国 第3話
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* * * <プロローグ> * * *

「今度の日曜、デートをして欲しいのよ。」
美樹が言った。
話によると、美樹の話を聞いてワタシに興味を持った後輩がいたらしい。
よければ、今度の日曜日に、二人きりでデートをして欲しいと。
ずいぶん積極的な人間もいたものだ。
美樹がワタシのことをなんという風に言ったのか知らないが、どうせロクなことを言っていないのだろう。
それで興味を持ったというのだから、どうせ変な男に違いない。
しかし、結局、ワタシは頷いた。
特に意図はない、単にそういう気分だからだった。
せっかくのデートを拓にキャンセルされて、その当てつけというのもあるかもしれない。

ワタシは、拓ではない男とデートすることになった。

* * * <1> * * *

そして。
ワタシは有名な待ち合わせスポットである噴水の前で、おめかしをして、
恋人でもない男が来るのをひたすら待っているのだった。
道行く人々は涼しげな格好で、家族は楽しそうに、恋人たちは嬉しそうに、
笑いながら、あるいははしゃぎながら、手を握り、あるいは腕を組み、目の前を通り過ぎていく。
その光景を、ワタシは一人で見ている。
暑い日差し。
肌が焼かれるのを感じる。
とてつもなく不愉快だ。
拓以外の男とデートするなんて、普段なら考えもしないことだ。
ここにいる理由なんてない。
単にむしゃくしゃしているだけ。
楽しみにしていたデートをキャンセルされて、
しかもそのキャンセルの理由も教えてくれなくて、
それに、水泳部の練習のとき、あのオカマの変態に鼻の下を伸ばしていたのもムカつくし、
あのオカマの憎たらしい顔も、ワタシの神経を非常に刺激してくれる。
ああもう、それら一つ一つを思い出すだけで、頭のどこかが切れそうになる。
拓とあのオカマが話しているところを見ると、いっそ「そいつは男なんだぞ!」と叫んでやりたくなる。
けれど、まあそこまでするのも大人気ないと思ってしまうのだ。
アイツがずっと女装を隠していることを知っているし、
しかも、それを始めたのは本人の意思ではなく、お母様の勝手のせいなのだから。
ワタシは少しだけ、それに同情している。
あくまで少しだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
そんなことを考えて気を紛らしながら、ワタシはじっとその場に立っていた。

* * * <2> * * *

やってきたのは、可愛らしい男の子だった。
背は低く、ワタシと同じくらい。
中性的な顔立ちで、茶色がかった髪の毛が目立っている。
Tシャツにジーンズというラフな格好だが、不思議と清潔感を感じさせる少年である。
「あなたが美衣さんですか……?」
「そうだけど、君がプーくん?」
美樹から聞いた名前を言う。
「あ、はい。いや、ぼくは風太です」
「うん。いこうか、プーくん」
「風太ですって……あ、ちょっと……」
ワタシは歩き始めた。
デートの予定は立ててあるので、そのプランに従ってまずは映画館へ向かおうとする。
本当ならば、ワタシの横にいるのは拓のはずだったのだが……。
考えるとイライラしてくるので、ワタシは頭を振って思考を打ち消す。
「美衣さん? どうかしましたか?」
「気にするな」
そう返しても、プーくんは小首をかしげている。
ワタシは彼の腕を取った。
「わ、わわわわわわ!?」
「ほら、ぐずぐずするな。さっさといくぞ」
腕を胸におしつけるようにして抱くと、プーくんの顔が面白いほど真っ赤になる。
……新鮮な反応だ。
たまには、こういうのもいいかもな。
そうだ。とりあえず楽しもう。
いろいろなことがあるけれど、今日はみんな忘れてしまおう。
少し楽しくなって、ワタシは薄く笑みを浮かべた。

* * * <エピローグ> * * *

「ほらね。わたしの言ったとおりでしょ」
「…………」
「お姉ちゃん、拓ちゃんと遊べないからって、他の男の子とデートしちゃうんだよ。そういう女なの」
「……な、なにかの間違いだよ……」
「あんなに仲良さそうなのに? ほら、お姉ちゃん、腕まで組んでるじゃん!」
「ただの友達とか……じゃないかな……?」
「ちゃんと見なさいよ、拓ちゃん! 目を逸らしちゃダメだよ!」
「ち、違う。……うん、友達なんだよ、きっと……そうに決まってるよ……」
「拓ちゃん!」

 ――――――♪

「……あ、電話だ。で、出なきゃ」
「拓ちゃん! 聞いてよ、拓ちゃ――どうしたの?」
「……えっと、もう一度お願いします」
「拓ちゃん?」

「母さんが……重体……?」


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