嫉妬妻・道明寺静子 第1回
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敷島。
港の第四事務所にまわってちょうだい。
そう、倉庫のほうの。
あそこなら、誰にも見られることなく、こちらの方とゆっくりお話が出来るわ。
さて、何をお話していたのでしたか。
ああ、そうそう。
貴女が、主人を愛しているだのなんだの、というお話でしたか。
え。
運転手の女性に聞かれるのはまずい、ですって。
心配はご無用ですわ。
この敷島は、運転手ではございません。
この敷島は、代々道明寺に仕える家のもので、私の秘書でございますの。
もちろんお抱えの運転手は何人もおりますが、
こうした秘密のお話には、敷島に骨を折ってもらうほうが万事安心ですから。
ふふ、あんなにほっそりしているのに、敷島は凄腕のSPなのですよ。
ええと、なんて言ったかしら、アメリカの格闘技。
――そうそうマーシャルアーツ、でございました。
あれの大会で優勝したこともございますのよ。
私のボディーガードとしても絶対の信用をおける人間でございます。
ですから敷島に聞かれてまずいことなどございません。
存分に、貴女のいいたいことを主張なさってください。

――ふう。
あら、失礼。
思わずため息をついてしまいましたわ。
あなたの言うことがあまりにも、わがままで子供っぽいことでございましたから。
そんなことだから、前のご主人にも愛想を尽かされたのではございませんか?
なんでも、離婚前から別な男とよろしくしていたくせに、
それをかくして慰謝料と養育料をせしめたというお話ですが。
あげく離婚してみればその男にも逃げられ、にっちもさっちも行かなくなったところで、
すっかり立派になった昔の恋人――ああ、貴女のような軽い人間は元カレ、とか呼ぶのでしたっけ?
――に再会して、娘ともども面倒見てもらおうと擦り寄ったわけでございますね。
え?
なぜそんなことまで知っているか、ですって。
この街で、道明寺が知らないことなどございません。
貴女もご存知でしょう。
市内の人間の半分は道明寺の経営する会社につとめていますし、
のこりの半分は、それを相手に商売している人間ですわ。

ほほ、女王様気取りなのね、ですって?
そんなつもりはございませんわ。
私は道明寺の本家の人間ですが、女あるじではございません。
当主はあくまで、主人。
私は、その主人を愛する本妻というだけでございます。
え? 主人を、愛しているのか、ですって?
――何をおっしゃるのですか。
私ほど主人を愛している女は世界中のどこを探してもおりませんわ。
ああ、たしかに私どもは政略結婚で結ばれましたわ。
それがなにか?
お見合いであろうが、政略結婚であろうが、
愛し合っていないということにはならないでしょう。
私にとって主人は、はじめての、そして生涯ただ一人の男性でございます。
……そうですか。
貴女のように、年端もいかない子供の頃から軽々しい恋愛もどきに浮かれていた方には
理解できないことなのかもしれませんが、名門の血筋にあっては、
結婚してからはぐくむ深い愛のほうが、むしろ普通のことなのですよ。
……ほほ。
疑りますか、私の、主人への愛を。
侮辱しますか、私の、主人への想いを……。


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