不義理チョコ 第12回
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        *        *        *

 ミカと二人で美術館に来ていた。
 ミカのよく知っている画家なのだろうか、楽しそうに目を輝かせて説明しているミカに対して
オレは生返事しか返せなかった。
 絵に興味がないというのもあったが、理由はもっと別の――別の女の子のことを考えているから。
 そんな中、一枚の絵に釘付けにされた。
 『無償の愛』
 母が赤子を抱いて母乳を与えている。
 それだけの絵なのにそこから動けなくなった。
 何故かその絵を見ていると涙が溢れてきた。
 顔を手で隠し絵を見ないようにしても涙は止まるどころか酷くなってきた。
 気がついたら膝で立っていた。

「大丈夫だよ」耳元で優しく囁いてくれる。
 顔を隠した手の甲で彼女の胸を感じる。そっと彼女が優しく抱きしめてくれていた。
「覚えている? 小さな頃泣いている時ずっとこうしててあげたよね」
 そう、昔泣いてた時こうやって抱きしめて慰めてくれた。
 でも止めて欲しい――こうされていると忘れたいと思っていた記憶も思い出してしまうから。
 でも、このままでいたい。
 そんな矛盾した想いがあった。

 ボクはこんな風に愛されることも優しくされる資格がありません。
 ボクはウソツキです。好きになってくれた女の子を騙しています。
 ボクは彼女と付き合っているのに、他の好きな子が告白されて、その子付き合い始めました。
 ボクは彼女がきづいていない事をいいことに隠れて別の子と関係を続けています。
 ボクは本当の事を言ったら彼女が傷つくと言い訳して、その事を黙っています。
 本当は彼女を前にして喋る勇気がないだけです。
 ボクは最低です。
 誰かに好きなってもらえるような価値もなければ誰かを好きになってもいけない様な人間のはずです。
 ボクは罰をうけるべき人間です。

「ごめん……ごめん――」
 その後に言わなきゃいけない言葉があるのに続けられない。
「泣かなくてもいいんだよ、シロちゃんは何も悪いことしていないんだから」
 彼女の顔を見ればまるで泣きじゃくる小さな子供をあやす母親のように微笑を浮かべていた。
 違う、あの時とは違う。オレは今謝らなきゃいけないことをしているのに。彼女を騙しているのに。
 女の子の胸で泣いている――ダサいなオレ。
 もし本当の事を話しても彼女はこんな風に笑って許してくれるのだろうか。

 ――なんでオレこんないい子を裏切るような真似しているんだろう。

 人目を憚らず泣き喚いた後、落ち着いたオレたちは喫茶店の中にいた。
「ごめん――オレの事嫌いになったか?」
 あれだけ恥ずかしい姿見せたんだ嫌われて当然だ。
「ううん、もっと好きになった」
 オレのことなんか好きにならないでくれ。最低の男なのに。
「シロちゃんって繊細なんだね」
 違う。只のウソツキで最低で自分のやった事の重さに耐える事のできない人間です。

「……ごめん用事思い出したから帰らなきゃ行けない」
 ――言わなきゃいけないのに。

        *        *        *

 折角の休みだというのに私は一人寂しく自分の部屋で天井を眺めていた。
 きっと今頃二人で――
 なんで一緒にいるのが私ではなくミカなのだろう。
 インターフォンが鳴る。一人きりの家。私しかいない家。
 誰だろう――
 無視しようとも思ったが再びインターフォンの音がした。

 玄関を開けてみるとそこにいたのは士郎だった。
 今日の士郎は元気がなかった。
 ううん――私と一緒にいる時ずっと元気がなかった。でも今泣きそうな顔をしている。
 私の部屋に来てから士郎は何かいいたそうにしているけど言えない顔をしていた。
「ねえ……ミカとケンカでもした?」
「……ちがうよ」
 ――ケンカしたのなら良かったのに。
 そうしたらミカとはもう別れて、みんなにちゃんと私達付き合っていますっていえるのに。

 そっと士郎を抱きしめる。こうすれば士郎も安らいでくれるのかな――
「ねえ――エッチしようか? 私初めてだから上手くして上げれる自信はないけど……」
 ――前に言ったよね、今度は私の胸貸してあげるって。
 士郎は何も返事をしてくれなかった。
 そしてそのまま私達は黙って抱き合っていた。
 ねえ、私って女の子と魅力がない? 変な気おこしてもいいんだよ。私は怒らないよ。全部受け入れてあげるよ。
 それともミカの方がいいの?

 抱き合っている時だけは私を見ていてくれる、私のことを考えてくれている――そう思ってた。
 でも見てはいけないものを見てしまった。今の士郎――辛そうな顔でどこか別のものを見ていた。

 気づいたとき私はあなたを好きになっていました。
 私はあなたにずっと言えなかった好きだという気持ちを伝えました。
 あなたは私の気持ちを受け入れてくれました。
 あなたと私は同じ気持ちだと思いました。
 でも、あなたは前のように話してくれません。
 もう、あなたは前のように笑ってくれなくなりました。
 そして、私と一緒にいる時あなたはずっと何か悩んでいる顔をしています。
 それは私のせいですか?
 私に駄目なところがあったら言ってください。
 私はすぐに直します。
 あなたは私が嫌いですか?
 私はあなたが大好きです、他の何者とも比べることが出来ないくらい。
 私はあなたが辛そうな顔をしていると辛いです。
 あなたは私といる時、ずっとミカのことを考えているのでしょうか?
 私はあなたのことだけをずっと考えています。
 私はあなたを困らせようと思って告白したのではありません。
 私はあなたともっと一緒にいたいから告白しました。
 でも、私はこんなあなたと一緒にいたいと思ったのではありません。
 もう、私とあなたとは前みたいに一緒に笑えないのですか?
 そして、私はあることに気づいてしまいました。
 あなたから『好き』という言葉をバレンタインのあの日――
 本気とも冗談ともとれる言葉以外聞いていません。私はあなたから何もしてもらっていません。
 私はあなたにしたいこと、してほしいこと、いっぱいありましたが今はもう多く望みません。

 たった一つだけです。
 いつものあなたに戻ってください――

 私はその望みさえかなうならもう何もいりません、もう何も望みません。
 私はあなたの為に全部あげることができます。
 私はあなたの為に全部捨てることができます。

 そっと彼の首筋に唇を当てる。
 私だけの――私の士郎である証拠をつけるために。
 そんなものをつけたからって前みたいに笑ってくれるとは思ってはいない。
 でも、そうしたかったから。

        *        *        *

 ボクは臆病者です。彼女に言おう言おうと思っていてもいざ目の前にすると何も言えなくなってしまいます。
 ボクは今日もとうとう言えないままでした。
 ボクは誰かに嫌われることがとても怖いです。
 ボクは誰かに嫌だということがあまりはっきり言えません。だから冗談でごまかします。
 それは小さな頃からです。
 ボクの小さな頃の記憶にはお父さんとお母さんがケンカしていた思い出が殆どです。
 本当は大好きだったはずなのにケンカをしている二人はただ怖いだけでした。
 小さなボクはただ泣いて「やめてよ」と言うことしかできませんでした。
 でも、そんなことを言うと二人は何故かボクのことで怒っていました。
 だからボクは嫌でも黙って何もしないことにしました。
 それでも二人のケンカは止まりませんでした。
 ボクにはもう何も出来ませんでした。本当は好きなのに、その時の二人は怖いだけでした。
 だからボクは逃げて友達の――ミーちゃんの家にずっといました。
 小さなボクに出来ることは二人を見ないでいることだけでした。
 結局お父さんとは別れて暮らすことになりました。
 お母さんはお父さんが他所の家ばかりにいるボクを嫌いになったのだと言っていました。
 それが本当だったのかはわかりません。聞こうとすればお母さんは怒りました。
 お母さんは好きなのに怒っているお母さんは嫌いでした。
 だからそれ以上お父さんの事の聞くのはあきらめました。
 ボクがわがままを言えばお母さんもどこかに行ってしまう気がしたから。
 ――本当はお父さんとお母さんと仲良く一緒にいたかったのに。
 ボクはこの時以来ずっと嫌な事には黙って耐えることしかできません――

 なんでオレは一日に二度も――それも別の女の子の胸で泣いているんだろう。
 結局また言えなかった。
 誰かオレを殴りつけてでもこうしろって言ってくれよ――

        *        *        *

 私は約束どおり士郎と遊びに来ていた。
 でも士郎の顔にはやっぱり迷いがあった。
 そして、私達は会ってしまった、ミカとヨーコと私のよく知らない子――

「シロちゃん、トモちゃん」こちらに気づいたミカは大きく手を振っていた。
 きっと彼女は何も考えていない。ただ単に偶然に街中で彼と友達に会っただけと思っているだけ。
 ――家族でもない女の子と二人きりで一緒にいるんだから少しは疑いなさいよ。
「へー、これがさっき言ってたミカの彼?」
 ――違う。私のだ。
「話に聞いてたより無愛想な顔してるじゃん」
 ――本当の士郎を知らないくせに。
「ミカってもっと奥手だと思ってたのに、しっかり彼の首筋にキスマークつけちゃって」
「――違うよ」
 私の口が勝手に開いていた。


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