不義理チョコ 第9回
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        *        *        *

 空になった弁当箱を見ると彼女の顔が浮かぶ。味は殆ど分らなかった。只、胃にモノを詰め込める感覚。
 隣にいる女の子の視線を感じて内心気が気でなかった。
 殆ど忘れかけていた子供頃を思い出す。
 アイツはオレだって事がわからなくても好きだって言ってくれたんだよな。こっちなんて名前すら忘れかけていたのに。
 ――こいつの事好きだった筈なのに一緒にいても何で楽しくないのだろう。
 雲を見上げながらそんな事を考える。
 考えるまでもなく答えは分っている。彼女――ミカへの罪悪感。
 智子とは中途半端な関係。これなら友達のままの方がずっとよかったのかもしれない。
「なあ……お前はこんな関係でいいのか?」
「……私はこのままでもいいよ」
 もし、『そんなことない』と一言でいいから言ってくれれば、
 どちらか一人を選ぶ踏ん切りがついたのに――そんな事を思う。
 ミカはオレ達の事には気づいていない。
 智子と決別する事になっても彼女はきっと今まで通りの関係でいられる――嫌な考え、自分勝手かもしれない。
「なあ――本当にオレの事好きなのか?」
 何処かまだタチの悪い冗談か何かだと思っていたい自分がいた。
「好きだよ――世界中の誰よりも」即答だった。
 こいつは何で今頃好きだなんて言ってきたのだろう。もっと早く言ってくれればこんな事に悩む必要なかったのに。
 しかしオレも同罪だ。こんな事で悩むのだったらあの時屋上でハッキリと拒絶するべきだったんだ。
 いや、ミカとも付き合うべきではなかったのかも知れない。
 ごめん――誰に向けて言うべきかわからない言葉が胸の中で勝手に響いた。
 ただどうしようもない後悔だけが胸の中にあった。

 

 放課後になっても昼の弁当は胃につかえていた。
 弁当が悪かったのか、オレの胃の調子が悪かったのか――多分後者だろう。多分ストレス性のものだろう。
 こんな関係がいい訳がない。
 別れるべきだ――どちらと?
 どっちが好きだなんて分っている筈だ。でも行動できないでいる。決められないでいる――最低な男だ。
 どんなに迷っていても時間はただ流れ、彼女の乗っている電車は近づいてきていた。

「シロちゃん、美味しかった?」
 電車の中でこっちの考えなんて気づかないのか、いつもの無邪気な顔をして尋ねてくる。
「ああ――うん」
 ――ごめん、味なんて殆ど分らなかった。
「そう? よかった。明日も頑張るからね」
 天にも浮かび上がらないかという喜びを包み隠さず表現してくる。
 もし別れるなんて話を切り出したら彼女はどんな顔をするのだろう――言える訳がない。

 三人で電車の中でやる別に何でもない会話、昨日見たテレビや学校であった事。
 そのはずなのに、自然と口数が少なくなっていた。
 関係ない話でも話していれば話すほど嘘をついている気になってくるから。

「えとね――シロちゃん?」
「なんだよ?」
 顔を赤くして恥じらいながら何かを期待している彼女の目。
「もうすぐ駅だよね」
「――ああ」
 もうすぐ彼女達の降りる駅。減速している、もう目と鼻の先だ。
「別れのキス……」
 真っ赤にした顔を俯けながら言った。
「ごめん、さすがにちょっと人前じゃ恥ずかしいから」
 ――本当は智子からの視線が気になっていたから。

「じゃ、またな」
 軽く手を振って二人を見送る。
「士郎――えっと……やっぱり何でもない」
 智子の思わせぶりな態度。いかにも何かありますって態度。
「……なんだよ」
 ――ハッキリしてくれれば楽になるのに。
 いや、本当はオレの方がハッキリするべきなのかもしれない。

 ――お前はこんな関係でいいのか。自分に問うべき問題だった。
 わかっているさ、そのぐらい――

 

         *        *        *

 ――私は別に二番でいいとか、そういう考えとかは全くない。
 本当は私だけを見ていて欲しい。私だけを好きになって欲しい。
 あの時屋上で『学校の中だけいい』なんて言ったのは煮え切らない彼の背中を押すため。
 本当は私の方が好きだっていう自信があったから。
 私と一緒にいればミカなんて直ぐ別れようって思うように考えていたから。
 その自信が今はない。
 私と一緒に居るとき士郎は困っている顔している事が多い。
 本当は私なんかよりミカの方が好きなのかもしれない。ミカのお弁当を美味しいって言っていた。
 私はこんなに好きなのに――

 士郎が望むなら何でもしてあげる。
 ミカなんかよりずっと上手に――

 いつもより早く目覚ましをセットして、いつもより早く眠ることにした。


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