不義理チョコ 第8回
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「しちゃったね――」
 誰も居ない部屋で鏡を前にし唇をなぞる。
 本当はもっと先まで行ってもよかったけど煮え切らない態度だったからあのぐらいでよかったのかな。
 それとも煮え切らないからこそ最後まで行ってしまった方がよかったのかもしれない。
 ――続きはまた明日。
 そう思いながら布団に潜り込むことにした。

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「――じゃあ、また明日」
 ミカとの電話を切った。
 結局智子との一件は言わなかった――言えるわけがなかった。
 マフラー製作を再開しようとして気づいた。
 指先が震えている。
 ――クソ。
 行き場のない苛立ちだけがあった。

 

 こいつはなんでこんなにも普通にしていられるのだろう。電車に揺られながらそう思った。
 無理矢理表情を作っている自分に対して、いつもと何ら変わることなく話の輪の中にいた。
 そして彼女の手をオレの肩の上になんでもないよう置かれていた。
 ――一体何を考えているんだ。

「じゃあね、ミカ」
 なんでもない別れの挨拶。いつもの挨拶。ただの友達の挨拶。
「また放課後な」
 なるべくいつもと同じようにする別れの挨拶。いつもなら別れを惜しむはずの挨拶。
 ――でも何かがいつもと違う。

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 駅を出るなり士郎と腕を組んでみた。
「オイ――」
 照れてるのかな。彼は動揺している。
「――同じクラスの奴とかいたらどうするんだよ。
 ……みんなオレが付き合っている相手いるって知っているだろ」
 ――なんだ、そっちの心配か。
「大丈夫だって。
 田中なんか私達つきあっているって勘違いしてたぐらいだよ。
 これぐらいで変な噂なんて立たないって」微笑みかけてあげる。
 彼は黙って頷いた。
 学校までの距離がもっとあればいいのに――そう思った。

 

 昼休み、私達は肩を寄せ合って屋上にいた。
「私もっと早く士郎とこんな時間過ごしたかった。士郎もでしょ?」
「――うん」躊躇いがちな返事。
 体重を彼に預ける。
 教室に居る時はなるべくいつも通り『仲のよい友人』を演じてみせた。
 だから二人きりでいられる時間がずっと待ち遠しかった。
「キス――しようか?」
 顔を近づけ唇を重ね――舌で士郎の唇を開ける。
 士郎は抵抗はしない――そうだよね、私の事好きなんだから。士郎の口の中を味わってみる――変な感じ。不思議な感じ。
 そんなに長い時間やっていたとは思わなかったが士郎の方から顔を話された。
「……この辺にしとこうか」言い訳でもしているような顔。
 これ以上続けていると、きっと二人とも抑えきれなくなる――さすがに昼休みに学校の屋上で最後までは不味いか。
「じゃあ、続きはまたね」

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 ミカの為のマフラーを編んでいるはずなのに全然指先がのってこない。ぎこちない。
 ――あの時拒否するべきだったんだ。
 頭の中で理性とも倫理観とも言うべき何かが呟いてくる。
 あの時っていつの時だ。
 バレンタインにミカから告白された時――
 昨日智子から告白された時――
 そして今日の事――
 いったい、どれだよ――わからない。
 多分今の関係をズルズル続けていくと自分は最低な人間になってしまう。
 しかし、その行為は必ずどちらかを傷つけることになったしまう。
 ――どうすりゃいいんだよ。
 『二択でどうしても自分で選べないなら――コイントスで決めなさい』
 机の上においてあったメダルを手に取ってみる。表なら――心の奥で呟く。
 コインは空中に――投げることが出来ない。出来なかった。
 自分で決めるような覚悟がない奴にはそんな事で決める度胸すらあるわけがなかった。
 ――最低だな。
 口の描かれていない筈のコインの中の猫はチェシャ猫の様に嘲り笑っているように見えた。

 

「シロちゃん――これ」
 朝、電車内でミカからそういって手渡されたのは弁当箱だった。
「あ、ありがとう」弁当箱を受け取る。
 本当なら心の底から嬉しいはずなのに――後ろめたいものが背中にあった。
「本当は昨日から上げようとしてたんだけど上手く行かなくて……」
 彼女の恥じらいながら語る純真な言葉の一つ一つが今のオレの心には痛かった。

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 昼休み、私達は昨日同様に肩を寄せ合って屋上にいた。
 なんでそんなものがここにあるのだろう――私は士郎の弁当をずっと睨みつけていた。
 食べ終わった後も士郎は喋ろうとせず空を見上げていた。
「何か面白い形の雲でもあるの?」
「別に――」
 それだけで会話は終った。
 最近士郎の口数は少ない気がする、いつもなら暇さえあれば冗談でも言っていたような奴なのに――なんでだろう。
「なあ……お前はこんな関係でいいのか?」ふいに彼は口を開いた。
 どっちの意味で言っているのだろう。今の私にはその言葉は期待を呼ぶものではなく恐怖のものとしか考えらなかった。
 ――そこに空になったミカのお弁当箱があるから。
「……私はこのままでもいいよ」
 嘘をついた――そうとしか言えない。もしかしたら捨てられるかもしれないと恐怖があったから。


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