* * *
いつもの朝の教室。
「そういやさ、あんた達付き合ってなかったの?」
田中がそんな風に訪ねてくる。
「なんでまた?」
「よく一緒に遊んでるし」
「お前だってオレとよく一緒に遊んでるじゃん」
田中はよく一緒に遊んでいる面子の一人だ。三沢と遊びに行くときは大抵一緒だ。
「いや、なんて言うのかな。空気というか距離というか、そんなものが近いって言うか
――なんかとにかく付き合っているって感じがしてんのよ」
「できれば、こんなんじゃなく、もっと可愛い子と付き合っている感じになりたかった」軽く鼻で笑ってみせる。
言い終わるか言い終わらないかのタイミングで三沢からボディーブローが飛んできた。
「ごめん。手が滑った」何食わぬ顔で三沢が言った。
体がくの字になる。
腹筋を締めそこなって、モロに喰らった。
――こいつが悪友たる由縁がここにある。
入学式の日にまで遡ることになる。
中学からの友達と話すもの、新しく友達を作ろうと頑張るもの、
そんな人々がいる教室へいざ一歩踏み込もうとした瞬間、見事に躓いた。
そして躓いた先には三沢がいた。付け加えるなら自分の顔は都合よく胸元へと飛び込む形になった。
すぐさま離れて謝ろうとしる暇もなくボディーブローが入った。それも腰が入った重く強烈な奴が。
後で聞いた話したが中学までは空手をやっていたらしい。
痛みで悶えに悶えまくった挙句、近く窓にぶつかりガラスを割った。
幸い体は無傷で澄んだが、入学式そうそう二人して呼び出されるはめになった。
初日にしてみんなから名前を覚えられた。
人が痛みで七転八倒しているのに周りはいつもアレとしか見てくれない。
「前みたいにガラス割らないように」と田中。
――ひでえ友人だ。
「神崎いつまでもふざけてないで早く自分の席につけ」
――先生、校内暴力はいいんですか。
まともに喋れなかった。
昼。
サンドイッチを咥えながら、ミカちゃんから来たメールに何て返信しようかと考えていたところで声をかけられた。
「そういや、朝言い忘れたんだけど」
「何?」
田中が話しかけてくる顔に少し嫌な予感がする。
「あんたや三沢のマフラーって神崎の手編みだよね」
「……一応」
嫌な予感センサーの針が大きく触れる。
「私チョコあげたよね」
田中の笑顔の裏の意思がありありと感じる。
「私も欲しいなマフラー」
「三月ぐらいになると結構暖かくなっているよな」
視線を外し窓の外を見ながら、適当に呟いてみる。
「欲しいなぁ」
「ホワイトデーはクッキーとマシュマロどっちがいいかな?」
引いてはいけない。一歩でも後ろに下がったら負けが確定する気がする。
話を合わせてはいけない。一気に相手のペースに飲み込まれてしまう気がするから。
「セーターの方がいいかな?」
「――義理一枚が高くつくじゃねえか……」
「えー、気持ちこもってるよ。じゃあマフラーでお願いね」
――義理に気持ちもクソもあるか。
「ってオイ!オレは一言もやるとは言ってないって」
人の抗議も虚しく田中は鼻歌混じりに席から離れていった。
――負けた。
まあマフラーの一つぐらい適当にやれば直ぐ終るか。
「みんな、神崎君のホワイトデーのお返しは手編みマフラーだって」田中は他の女の子にそう公言していた。
――訂正マフラー五枚。
「いい加減、嫌なら嫌だとハッキリ言ったら」
先程までのやり取りで黙々と弁当をつついていた三沢は、そんな事をボソリと呟いた。
その声にはあまり元気がなかった。昨日から少し変な感じがしていた。
朝の時だって無理矢理元気なふりをしている感じがした。
「うるせーな」
少し気にはなったがいつも通り接することにした――風邪でも引いたんだろう。
* * *
「なんだ、今日も屋上に来ていたのか」
その声に全身に電流が走った。多分神崎はいつもの感じで話しているのに、
私は無理矢理笑っていなければ耐えることが出来ない。
辛い。苦しい。
二人の間の関係は何も変わっていないって言うのに。
「昨日さ、姉ちゃんと話して何故手紙の子が来なかったか気づいたんだ」
あいつはいつもの顔、いつもの口調。
「うん――」
――この馬鹿ようやく気づいたの。
私は胸が高鳴る。呼吸が荒くなる。体中から汗が噴出している。
返事への期待と不安で神埼の顔を見ていられない。顔を俯け返事を待つ。
「なあ貯水タンクあるだろ」
上目遣いで神埼の方を覗き見ると私の方へは向かず貯水タンクを見ながら話し始めていた。
「貯水タンクの中ってさあ、結構カラスとか猫とかの水死体があるんだよ。
田舎の方とかいくと狸も入ってたりするわけでさ。
――学校の貯水タンクの中なら女の子の一人ぐらい入っててもおかしくないと思わないかな?」
あいつは軽く笑いながら話している。私の気持ちなんて全く気づかずに。
――この鈍感。その子はここにいるのに。
「……貯水タンクの中の男子生徒Kになってみる気ある?」
いつも通りの冗談。でも今、私の口から出るそれはとても白々しく感じる。
「その時はお前も一緒に引き摺りこんでやるよ」
――そうなればずっと一緒にいられるのかな……。
ぼんやりとそんな事を考える。
「おい――」
気がついたら神崎が目の前にいた。あと少し踏み込めばキス出来るような距離。
「目赤い。風邪でも引いたか?」
少しだけ心配そうな顔になって私の顔を覗き込んでいる。
私の気持ち気づかないなら、そんな事は気づかないでいて欲しかった。
放っていて欲しい。構わないで居て欲しい。いつも通りにして欲しい。
心配なんかされていると変な期待しちゃうから――あきらめよう、忘れようって頑張っているのに。
帰りの電車の中で神崎とミカは話をしていたが、お互い言葉を選んで遠慮しあっている少し固い空気があった。
――無理して付き合う必要ないのに。
心の中の何かが呟く。
私は二人から少し離れていた――二人の邪魔しちゃ悪いから。
でも心の中の何かはまた呟いた。
――私と一緒の方がきっと楽しいんだから、そうしよう。
「ねえトモ、ひょっとして失恋した?」
「なんで――?」
夜にヨーコからかかってきた電話は私の今の問題を真正面から捕らえていた。
「バレンタインの帰りから元気ないって感じだから。私で良かったら相談に乗るよ」
「ありがとう――でも今はまだ話したくない……」
――言える訳がないじゃん。今ミカが付き合っている相手は、ずっと前から私が好きで、結局何も言えなかったなんて。
「――そう、でも私たち友達だから。いつでも言ってきてよ」
友達だから言いづらいのに。
「うん……」
「そうだ、週末遊びに行こう。ミカと三人で一緒にパーっと」
「うん……」
何で後悔しているんだろう。ミカからあいつの仲介引き受けた時に割り切ったのに。覚悟してたのに。
ミカからメールが入っているのに気づいた。
週末のデートは何処がいいかと尋ねていた。少しだけ考えてビリヤードがいいと返してやった。
あいつビリヤードは下手糞な癖に大好きだから。
前に五連敗したらなんでも言うこと聞いてやると言ったので勝負に応じたら、
あいつは見事五連敗した――そう言えば、この約束まだ守ってもらっていない。
気がついたらまた、あいつの事ばかり考えている自分がいた。
「もうあきらめよう」
昨日から何度心の中で誓ったか忘れない言葉を呟いた。
何故か涙がこぼれた。
気晴らしに窓を開けてみると冷気が肌を刺した。少しだけ湿気を含んだ空気だった。
――本当に馬鹿みたい。
* * *
――かったるい。
そう思いながらも夜な夜な田中達にチョコ一枚の代価のマフラーを編み続ける。チョコ一枚分相応に手を抜いてやる。
「あんた、自分のやりたくない事は本当に嫌そうな顔してやるのね」
後ろから何時の間にか近づいていた姉ちゃんが人の頭に手をのせていた。
「ええ、ワタクシは義理一枚でマフラー編まされている哀れな愛の奴隷です」
頭の上の手を無視して編み続ける。
「あのさ――」
「ヤダからな代理で編まされるなんて」
中三の時クリスマス前に突如彼氏に送るからなど言って編まされた。人が受験勉強に必死こいている最中にだ。
「そうじゃなくて、あんた前にクリスマスに送るんだって言って子とは結局どうなったの?」
「別に――」
ただの友達だよ――良くも悪くも。
「――ふうん」
姉を覗き見れば意味ありげに鼻を鳴らしていた。
そんなものを横目に目の前の面倒なマフラーをさっさと片付けることにした。
そう思った矢先、携帯がなる。知らない番号だ。
「あの私だけど、ちょっといいかな?」
「えーと、深井さん――だっけ?」
多分当たっていると思っている。
「うん、そう。ミカから番号聞いてかけてるんだけど、ちょっとトモの事で聞きたいことあるんだけど、いい?」
「別にいいけど」
肩で電話をはさみながらも編み物は続ける。
「あのさ、トモなんだけど最近おかしくない?」
「まあ今日は何となく元気なかった」
放課後の屋上を思い出す。
「どうも失恋したみたいなんだけど、あんまり詳しく話してくれないんだよね。
神崎君って仲いいし同じ学校だから何か知らないかなって」
「――知らない」
「あー、そう。ありがとう。それからミカともちゃんとなかよくしてやってね」
目が赤かったのはそっちが原因か。
誰なんだろう相手。考えてみるが思い当たる節がない。
――そういや、あいつからチョコもらってないや。
電話が切れてから少しの間手が止まっていたことに気づいた。
明日学校ででも話せばいいかと思い、その事は頭から追い出すことにした。
* * *
――嫌な雨。
昨日の夜遅くから振り出した雨は今朝にはバケツをひっくり返したような大雨になっていた。
その雨はただでさえ憂鬱になっている気分を更に酷くさせるのには十分な理由だった。
今朝電車の中で神崎は、紙袋傍らにイソイソと編み物に専念していた。
「おはよう」
朝の挨拶もそこそこに神崎は直ぐに作業に戻った。
「それ、田中達の?まだ一ヶ月あるんだからそんなに急がなくてもいいんじゃない」
「嫌なことはさっさと済ませる主義なんだよ」
神崎は、こちらに顔を向けることなく黙々とマフラーを編んでいた。
小中学校の頃、学校で編み物をしている女の子は何度か見ていたが、編み物している男の子はやはりはじめてみた。
慣れた指先でテキパキと進めていく。
それはトップアスリートの一見単調な繰り返しにも見えるが無駄がない動きにも思えた。
「凄いんですね」ミカの目はその無邪気な子供の様に、その作業光景に吸い寄せられていた。
雨の中を歩くって最悪。傘をさしていても多少は濡れてしまう。靴から染込んで靴下も濡れてしまう。
「ミカとはどう?」
何気なく尋ねてみる。二人の友達だから。ただ男女の関係が気になる年頃の女の子だから。
――嫌ならミカの方には諦めるようにそれとなく言ってあげるから。
「まだ少しとっつきにくい所あるけど――まあ可愛いと思う、あと誰かに似てるんだよな……」
神崎は薄暗い雲をボンヤリと見ながら言う。
――可愛いなんて私には一度もそんな事いってくれなかった。
「なに惚気てんのよ!」
少しだけ怒ってみせる――無理にでも表情を作っていないと泣き出してしまいそうだから。
神崎は学校につくなり黙々と編み物を再開し始めた。
「よしよし、ちゃんとやってるな」田中はその光景を見て満面の笑みを浮かべていた。
「一本は既に出来て、そこの紙袋の中に転がっている適当に持っていけ」
神埼はいかにも面倒だという顔をしてぶっきらぼうに言った。
「むー。三沢と同じ感じのが欲しい」田中は少しだけ渋い顔をして唸っていた。
「義理チョコ一個分なら、それ十分お釣り来るだろ」
田中の方には一切視線を向けず、黙々と作業を続ける。
――私のでもお釣りはくるのかな……。
「うー」田中は渋々と言った感じながらもマフラーを見つめていた。
――本当に嫌な雨。
放課後になり次第、自然と足は屋上へと向いていた。しかし外は土砂降りの雨。外に出る気にすらならない。
そして何故か隣には神崎がいた。
「あんた、ひょっとしてまだ手紙の子待ってたりするの?あきらめ悪いよ」
半ば自分に言い聞かせるように言葉をかける。
――そう私もあきらめが悪い。
「今日はお前に会いに来た。中々邪魔されない二人きりなるチャンスってなくてさ」
鼻先を軽くかいて、少しだけ言葉を選んでいる感じ。
「――なによ、それ」
――あきらめるつもりなのに。
「オレの生まれ故郷って凄い田舎でさ、山と田んぼしかなくて、こんな風に雨降ると蛇口から泥水が出てくるんだよ」
「――なにが言いたいのよ」
こいつのいつもの冗談。期待しちゃいけないのに何故か期待していしまう。
――本当馬鹿みたい。
「まあ最後まで聞けって。
五歳かそのぐらいだったかな。まあ小学校あがる少し前まで、そんなとこに住んでいたんだよ。
その頃両親がいつもケンカばっかりしていてさ子供心なりに家に居たくなかったんだよ。
そこで近くの同い年の子のいる家にずっといたんだ。近くっていっても田舎だから滅茶苦茶距離あるんだけどさ。
まあ、そこの家の子、女の子といつも一緒に遊んでたんだけど、
まあ結局離婚することなって母親についていくことになって、その子と離れ離れになっちゃったんだ。
離れ離れなってから、その子に会いたい会いたい泣くに泣いてさ、母さん困らせたんだよ。
そんな子も今となっちゃロクに顔も思い出せないんだ……」
神崎は何か少しだけ困った顔で天井を見ていた。
「それが?」
「いやさ、昨日深井さんから電話かかってきて、お前が失恋したって聞いたから――
その何というかこんな感じの言い方でしか言えなくてさ」
少しだけ照れている。こんな顔している神崎は初めて見た。
そう思うと少しだけ笑えて来た。
「なによ、それ慰めてるつもり?」
ついつい噴出してしまった。
――思い出の女の子か、そんなのもいつか色褪せていくんだ。
「じゃ、そろそろ帰るか」神崎はもう顔をみせたくないって感じをしていた。
「ねえ神崎」
あることが――少しだけ気になった事。少しだけ確かめたい気持ちがあった。
「なんだ?」廊下を降り掛けていた彼が振り返る。
「私のマフラーだったら――義理チョコだったらいくつぐらいかな」
「――さあな」
神崎は少しだけ何かばつの悪い顔になっていた。
相変わらず電車の中で神崎とミカの間には少し硬い空気があった。でも少し、少しずつその硬さは解けつつある。
この二人の間に入って行ってもいいんだよね――二人の友達だから。
「じゃあね、神崎」
いつもの駅、ここで私達は神崎と別れる――はずだった。
「いや、オレ今日はここで降りるから」
神埼から変な言葉が聞こえた。
「え?」
――何で?わかんない。
「昨日ミカちゃんい編み物教えて欲しいって頼まれてさ。今日の帰りに教えていく約束してたんだよ」
「そうなんだよ」
――馬鹿じゃない、男の子に編み物教えてもらうなんて。
心の中の黒い何かが呟いた。
駅を出ようとしたところで、ミカがあるものを忘れていることに気がついた。
「……傘、電車の中に忘れた」
土砂降りの雨を目の前にしてミカもようやく気がついた。
「電車もう行っちゃったよ?」
雨の日に傘忘れるなんて本当にしょうがない子。
「家まで近い?」神崎がミカに尋ねる。
「――うん」ミカが小さく頷く。
「じゃ、一緒に入っていく?」
そう言いながら神崎は傘を広げていた。
ミカは恥ずかしそうに少しだけ頷いて見せた。
――傘ぐらいその辺で買えばいいのに。
何故か私は二人から少し後ろに離れて歩いていた。
後ろから見る、一つの傘の下で並んで歩く二人は初々しい恋人そのものだった。
――馬鹿。無理して傘をミカの方によせたりするから、あんたの肩濡れてるよ。
「じゃあね」
そう言ってミカは私に別れの挨拶をする。少し恥ずかしそうで凄く嬉しそうな顔。
それ以外は邪念もなにもない純真な笑顔。
神埼とミカが家へ入っていく。
そう様子をずっと見つめていた――何故か拳を強く握り締めている自分に気がついた。
* * *
「おかえりなさい。あら、友達もご一緒?」
ミカちゃんの母親と思われる人がいた。
なんとなく見覚えがあるような。誰かに似ているのかな、少しだけ気になった。
「ども、お邪魔します」
軽く挨拶をして上がらせてもらう。
別に女友達の家に遊びに行ったことがないわけではないが一人で来るってのは初めての経験だ。
そう思うと何か緊張してきた。
女の子と部屋で二人きり、更に編み物を誰かに教えるなんて始めての経験だった為、二重の緊張が強いられている。
いいかげん緊張の糸が限界まできている。そんな折トイレに立った際、偶々居合わせた白猫を捕まえて帰ってきてみた。
「この子の名前なんて言うの」
猫の一匹でも同じ空間においておけば少しマシになる気がしていた。
「シロツグだよ」
「シロちゃんか、オレは士郎だよ」そう猫に語りかけてやる。
「神崎さんって下の名前シロウなんですか。私の幼馴染にもシロウって人いるんですよ」
彼女は嬉しそうに語る。シロウなんてさほど珍しい名前ではないとは思うが、
そんな突っ込みを入れるのはあまりにも無粋な気がした。
「ちょっと待ってて下さいね、今写真見せるから」
そういって彼女はアルバムを出してきてページめくっていた。
「あった、コレですよ」
随分昔の写真だ。確かオレが五歳ぐらいの頃の奴だ。
「こっちが私で、こっちがシロちゃん」
懐かしそうな目で写真を見せながら指差す。
「確か、この写真とって直ぐぐらいかな、オレ引っ越したの?」すっかり忘れていた思っていた昔のことが段々思い出してきた。
「うん、そうなんだ」
「あーそうだ、よく綾取りで遊んだっけ――」
そこまで話していてある事に気がついた。
何故彼女の持っている写真に、子供の頃の自分が彼女と一緒に写っているのか。
「……これ、オレだけど」少し自分の声が震えている。
「神崎さん?これ、シロちゃんは山城士郎ですよ」彼女は不思議そうな顔している。
「えーとさ、オレ、親が離婚して再婚で神崎になって、昔の苗字は山城なんだけど……」
彼女もようやく答えに気がついたらしく、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。
「や、やあ。ミーちゃん久しぶり……」
強張った顔になりつつ、そんな事を言って見る。
「シロちゃん久しぶり……」
二人して固まっていた。
しばらくして二人同時に笑い出していた。
「じゃあな、ミーちゃん」
幼馴染である事に気がついたら、何か今まで二人の間にあった壁みたいなものは一気に消し飛んでしまった。
「シロちゃんと私……付き合ってるよね」
「うん、まあそうだけど」
改めて言われる恥ずかしいものがある。その視線を真っ直ぐ受け止めることが出来ずついつい視線を逸らしてしまう。
「――キスしてくれるかな?」
横目で彼女を見れば恥ずかしそうに懇願している。
――やらなきゃ駄目だよな。
「目閉じてて」
「……うん」
息を止める。一気に顔を近づけ、唇が触れた瞬間にすぐ顔を戻す。
「……じゃあな」
彼女の顔、恥ずかしながらも満面の笑みがあった。
オレは恥ずかしいから小走りでさった。
* * *
――なんで私こんな所でたっているんだろう。
二人が家に入ってからずっと雨の中、立っていた。
どのぐらい待っていたか、ようやく神埼が小走りで出てきた。
「よ、よお、三沢。こんなところで何しているんだ?」
神埼の顔は恥ずかしげなものだった。
――二人きりで何してたの?
「私の家そこだからさ……」
「ああ、そうか」
そういいながらも神崎の顔には何か恥ずかしいそうに隠していることがあるのが見て取れた。
「あのさ、私の家遊びに来る?」
――来てくれたら私にも同じことしていいから。
「今からか?門限はないけど、あんまり遅くなると晩飯消えていることがあるから駄目だって」
――ご飯ぐらいうちに来ればいくらでも作ってあげるのに。
「じゃあな」
私は小走りに去っていく神崎の姿をずっと見送っていた。
見えなくなってようやく、ずっと拳を握り締めていたのを思い出した。
開いた拳の中では汗をかいたせいか湯気が立ち上っていた。