不義理チョコ 第3回
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        *        *        *

「シロウちょっと待ちなさい」
 尋問が終ったようなので姉ちゃんの部屋から一刻も逃亡を試みようとした瞬間に声がかかった。
「なんだよ」
 思いっきり嫌な顔をして振り向いてやる。
「あんた、その友達のことどう思っているの?」
「どうって?」
 自分の右手が軽く鼻先をかいていてた。
「……胸に手をあてて考えて見なさい」
 左胸に手を当ててみる。
 まあ、あいつの事嫌いじゃないし、その気がないと言ったら嘘になるけど、向こうにはその気がないんだろうし。
「先生……不整脈が……」
 真面目に答えるのも癪だから適当に返してやる。
「……一度病院行ってきなさい」
 姉ちゃんの顔は呆れて何もいえないって顔になっていた。

 夕食をとってから間もなくしてミカちゃんからメールが入った。
 『今電話していいですか?』――普通メールで聞いてくるような内容なのだろうか。
素直に返信してもよかったが面倒くさいから、こっちから直接電話することにした。
「オレだけど――」
「あ、あの、神代さんじゃなかった神崎さん!」
 電話越しで何かパニック状態になっているようだった。
「えーと、ひょっとしてタイミング悪かった?」
「そんなことないです。えっ、えっとですね――」
 会話の内容に対して会話時間は長くなる気がした。
 そして、その予感は正しかった。
 

 学校から帰ってきてからずっと泣いている。
 忘れようとすれば、忘れようとするほど――
 あきらめようとすれば、あきらめようとするほど――
 何故か涙が溢れてくる。
 何で今更泣いてたりするんだろう――馬鹿みたい。

「あ、トモちゃん?私だけど今日はありがとう。それから――」
 電話がかかってきたので半ば無意識に出てしまった。
 電話の向こうからミカの楽しげな声が聞こえてくる。今の私とは全く逆の感情に満ちた声が。
「ごめん――私今日疲れてるから……」
 それだけ言って電話を切った。
 聞きたくない。聞いているだけで涙が出てくるから。
 ――馬鹿みたい。

 

 朝起きて、鏡を覗き込んでみると目が真っ赤に充血していた。
 昨日あれだけ泣きはらしたら、いい加減この未練がましい思いも少しはスッキリするはずだ――
無理にでもそう思う事にしていた。
「おはよう」
 なるべくいつもどおりに、無理矢理にでも元気に駅のホームで待っていたミカとヨーコに挨拶する。
「ミカ、あんたの巻いてるマフラーって……」
 私のよく知っているマフラー。今自分が巻いているマフラーにも似ているマフラー。
ミカとは別の名前の入っているマフラー。
「そーなんだ、コレ。もらっちゃったんだよ、昨日駅で待っていたら寒いだろう、ってコレくれたんだ」
 ミカは溢れ出さんばかりの笑みを浮かべ、とても大切な宝物の様に、自分のマフラーの中の名前を見つめていた。
「ふーん、そう」
 ――でも似合ってないわよ貴方には。
「それでね神崎さんがね――」
 電車が来るまでの間、普段のミカからは想像出来ない勢いで昨日あったことを機関銃の様に喋り続けた。
 ――嫌な顔。

 

 ――ダルイ。
 東日が部屋に差し込む。体がどういう状況であろうと朝は朝だ、まだ布団から抜け出るのに根性の要する寒さのある。
 体の芯が重い。精神的な疲れが全然抜けきっていない。
 女友達も普通にいるし話もしていたが、ミカちゃんとの会話は今まで経験したことのない感じのものだった。
お互いの事をよく知らないという点もあったが、迂闊な事を言ってはいけないとか、
そういう感じのある種の緊張感は始終立ち込めていた。
 ――どうしようかな。
 いつもの通り出れば彼女と必ず鉢合わせすることになる。
 昨日別れ際では期待全快の眼差しで言われ、電話で朝待ってますからなんてハッキリと名言された。
 ――まあなるようになるか。
 そう思いながら、時計の針の位置を確認して、ようやく布団から抜け出ることを決意した。

 彼女たちのいる駅は一つとなりの駅である。
 それこそあっという間の距離である。そのあっという間の間とは言え少しだけ考える事にした。
 ――何話したらいいんだろう。
 昨日話したことは、確か家族の事とか、学校の事とか無難な内容だったはずなのに、
えらく慎重に話題を選んだ気がする。
 ――普通に話して良いんだよな。
 よく考えればその筈だ。昨日は彼女のペースに巻き込まれていただけだ。普通のノリでいいんだ普通で。
 そうこう考えているうちに次の駅に着いた。
「おはようさん」
 いつもの友達にする感じの軽い挨拶。
「おはよう」
「お、おはようございます」
 軽く手を上げて返す三沢と隣の子に対して
ミカちゃんはまるで何処かの重役相手にするかのように深々と頭を下げていた。
「いやさ、そんなに畏まらなくていいからさ」
 そうだ、昨日はこの雰囲気に呑まれて、こっちのペースまで狂わされたんだ。
「え、で、でも……あ、後マフラーありがとうございます」
 ――確か昨日の電話内だけで五回以上出てきたと思われる言葉が聞こえた。
「ミカね、昨日私に電話かけてきたと思ったらそればっかり喋ってるんだよ」
 三沢の隣の髪の短い子が言う――彼女の名前が思い出せない、胸の名札を盗み読む深井か。

 電車の中での会話は友達が居たおかげか、昨日よりもかなり楽に話せた気がした。

       *        *        *

 電車から降りるとき、挨拶もそこそこに降りようとしていた神埼に対して、
ミカは彼に後でメールすると言って、いかにも名残惜しそうな顔をしていた。
 ――一方通行の行為なんて見苦しいよ。
 駅から出て私たちはいつもの様に肩を並べて歩き始めた。
 一年近く続いている時間。ミカには絶対出来ない時間。
「ミカとはどうだった」
 なるべく普通に、なるべく自然に声を出してみた。
 ――嫌だったんでしょ。
「なんか話し慣れてないせいか、少し疲れた」
 彼はそれこそ本当に疲れたって感じの表情をしてみせる。
 ――疲れるような人間と無理して付き合う必要ないんだよ。
「あとさ、最初は何話していいかよくわからなくてな」
 彼は少し困った感じをしてみせ鼻先を軽くかく
――彼が考え事や悩んでいる時には必ずやるミカは絶対知らない筈の癖。
 ――じゃあ、話さなきゃいいじゃない。
「まあ、普通に話していいんだよな」
「そうだよね」
 ――私となら無理する必要ないのに。
「うー寒い」
 彼は寒そうに首元をさする。
 ――だったらマフラーなんてあげなければよかったじゃない。
「寒いなら……私の――貸そうか?」
 そう言いつつ私は自分のマフラーは解こうとしていた。私の匂いの染込んだマフラー。
「ほー、人の送ったもの突き返そうとは、いい根性しているじゃねえか」
 彼に拒絶された。怒られた。嫌われた。
 そんな事はない、いつもの感じで笑いながら言う冗談の筈なのに何故かそう感じてしまう。
「なに?自分で送ったマフラーで絞殺されたい?」
 ――このマフラー大事しているんだよ。私の宝物なんだよ。
 無理矢理笑って、顔に出ようとしていた表情を隠し、湧き上がってくる感情をごまかす。
「そいつはごめん被る」
 いつもの感じで笑うあいつ。いつもの通学風景。何だかんだいいながらもズルズル続いていくと思っていた関係。
 ――あきらめたハズ。
 ずっと一緒に歩いてくれるよね。遊んでくれるよね。
 ――私とこいつは友達だから。


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