不義理チョコ 第2回
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「本当に私何やってんるんだろう……」
 誰も居なくなった屋上で一人呟く。辺りはもう暗くなって部活で学内に残っている人間も殆ど居ない。。
 それでも神埼がヒョッコリ戻ってきて、笑いながら「いい加減ハッキリ言えよ」なんて言って来るかもしれない、
そんなありえない期待をしていた。
 吐く息が白い。マフラーを巻きなおす。
 このマフラー、あいつからのプレゼントだった。

 寒気が酷くなってきた日、あいつはマフラーを巻いてきた。それも手編みで名前入りのマフラー。
「彼女からのプレゼント?」ってからかってみたら自前だと憮然した顔で言った。
じゃあ証拠見せなさいよって言ってやった。
 そしてそんな事を忘れかけた頃のクリスマスに、あいつはその証拠を持ってきた、手編みのマフラーを。
無駄に気合を入れた様な柄で、人のイニシャルを入れて。
 変な奴かと思っていたが編み物が得意だなんて益々変な奴だと思った。
「あんたにしてはセンスいいじゃん」――本当はとっても嬉しかった。大好きだよって言ってみたかった。
でもそんな言葉しか言えなかった。

 ――なんであの時素直に言えなかったんだろう。
 ずっとそうだ、文化祭の時も、初日の出を見に行ったときも、何度も一緒に遊びに行った時も、
いくらでもチャンスあったのに。ずっと言えなかった。
 今日もただ単に、いつもの言えない事が、またあっただけど。そう――いつもの。でも
何で今更涙出ているんだろう。
 吹っ切るつもりだったの、吹っ切ったつもりだったのに、馬鹿みたいに未練たらしく考えている。
「馬鹿みたい」
 自然と口から出ていた。

 

        *        *        *

 そういえばあいつ何で屋上にいたんだろう。一時間近く二人してボケーっと空を眺めていたが結局聞くの忘れた。
「――まさかな」
 一瞬ある考えが浮かぶが即座に否定する。いくらなんでもそんな話がある訳がない。
 手紙の子は現れなかった。何かの理由で来れなかったか、単にイタズラか。まあ、十中八九後者だろう。
ノートの切れ端なんかに書いてくるぐらいだから。
 そっちはそれでいいとして、ミカちゃんの方だ。
 メッセージカードはご丁寧に彼女の携帯の番号とアドレスも添えられていた。
 ――返事はしなきゃいけないよな。
 何て言えばいいのかな。正直よく知らない子だし。もし相手があいつのだったら悩む必要ないのに。
 ミカちゃんに何ていったらいいかわからないまま、駅についてしまった。

 駅のホームにいる人に気づいた。同じ学校の人間もいるが一人違う制服の女の子。
「あ――」
 悩みの原因の相手がそこにいた。
「えーと、ミカちゃん?」
「あ、あの――」彼女は小さくクシャミをした。
「ごめん、ひょっとしてオレ待ってたの?」
「……はい」
 この寒い中待っていたのか――屋上で待ちぼうけしている間に酷く悪いことをした気がする。

「どのぐらい待ったの」
「学校終ってからずっとです」
 約束なんかしてなかったのに待たせていた事に何故か罪悪感を感じるのは何故だろう。
「電話してくれれば良かったのに」
「あの、私神崎さんの番号知りませんから」
「そうか、そうだよね。えーと、オレの番号」
 携帯のオレの番号を見せるとすぐさま彼女も自分の携帯を取り出し登録し始めていた。
「えと……あの――」登録を済ませてから何かを言おうとかけていた彼女はまたクシャミをした。
 ――オレのせいだよな。
「まあ、これでもつけてろ」
 少しは暖かくなるかと思い自分のマフラーを外して、彼女にかけてやろうとしたら彼女少し驚いた顔になっていた。
「あー、ごめん。男のお古なんて嫌だよね」
「そんなことないです」
 慌ててマフラーを戻そうとしたら、彼女が慌てて否定した。
「このマフラー手編みなんですよね……」
 マフラーを受け取った彼女は何ともいえない顔をしてマフラーを巻いていた。
 間もなくして電車がやってきた。

 

 電車の中。
「あの――それから読んでもらえましたか……」
「食べた」
「あ、はい――」
「お手紙読まずに食べた。割と美味しかった」
「え?手紙なんか食べてお腹壊さないんですか?」
 彼女の眼鏡の奥の瞳は冗談を言っているものではない、本気で言っている。
 軽い冗談のつもりだったが真に受けている。
 ――天然かよ、この子。
「いや、ごめん。冗談だって。チョコはまだ食べていない。手紙の方は読んだ」
「あの、それで返事は……」
 彼女は顔を紅潮させ期待と興奮と恥ずかしさに満ちた落ち着かない様子でオレの言葉をグッと待つ。
 ――言わなきゃ駄目だよな。
「うーん、ミカちゃんの事よく知らないからさ。友達からってことでいいかな?」
 えらい無難な言葉だな自分でも思ったが他に適当な返事は結局思いつかなかった。
「はい」
 彼女は大きく二度頷いた。

 しばらくお互い何を話していいかわからず電車に揺られながら無言の時間が流れた。
「ああ、そうだホワイトデーのお返しに何かリクエストある?」
 無理やりにでも会話の切っ掛けを作ってみる。
「あ、あの、トモちゃんみたいなマフラーが欲しいです!」
 トモちゃん――三沢の事か。
「ああ、あのマフラーね。わかった」
 ――あのマフラー結構自信作だったからな。

 電車が止まる。
「あの、私この駅ですから。後――明日の朝も同じ時間の電車ですか」
「……寝坊しなければね」
 その目、明日その電車で待ってますからと言っていた。
「あと、それから……今晩電話かけていいですか」
「別にいいよ」
 ――まあ、友達だから。

 ――なんか少し疲れた。

        *        *        *

 電車の中でヨーコと会った。中学の頃はミカと三人でよく遊んだ。
高校では私だけが違う学校に行くことになってしまったが今でも機会があればよく遊んでいる。
「トモ、珍しいね。こんな時間になんて」
「あー、うん。ちょっとね」
 本当の事なんて言えやしない。
ミカが好きだって言ってた男の子に告白しようと一時間立ち続けて結局何も言えなかったなんて。
「そうそう、ミカの行方はどうなりそう」
「まだ、わかんないかな。渡すことには渡したけどチョコ貰ってから酷く煮え切らない感じだったし」
 ――もしあの時ミカのチョコを差し出して抱きつかれた時、訂正しなかったらどうなっていたのだろう。
 ずっとそんな事ばかり考えている。
「――多分、うまくいかないかな。なんか相性悪そうな気するし」
 二人が付き合ったりしなければ、まだ私にもチャンスがあるから。
 吹っ切るつもりだった筈なのに――
 あきらめるつもりだったのに――
「――ひょっとしたら煮え切らない理由は他に好きな子がいたからかな」
 ――その好きな子は私。
 気がついたらヨーコの話なんか聞かず、ずっと一人で喋っていた。
 自分の言っていることが希望的憶測の混じった――いや願望による意見になっていることに気づいた。
 ――ホント馬鹿みたい。

 携帯にメールが来た。ミカからだ。
 ――『友達からなら』か。
 えらく平凡で無難な了承の言葉だ。
「今日の所はまずまずって感じだね」ヨーコは届いたメールを見て楽しげに笑う。
「――うん、そうだね」
 笑うべきなのに、笑わなきゃいけないのに。友達の幸せなのに。
 顔がうまく笑ってくれない。
「トモ、ひょっとして調子悪い?」
 ヨーコが私の顔を覗き込む。
 彼女は昔から勘がいいというか人の事がよく気づいた。でも今は気づいて欲しくなかった。
「――なんでもない」
 ――本当の事なんて言えやしない。

        *        *        *

「はい、コレ」
 自宅に戻ると姉ちゃんがチョコを差し出していた。
 ――いらねえよ。
 昨日、姉ちゃんはやたら気合を入れて手作りチョコを作っていた。それもとても一個や二個と思えない数を。
そしてそれの試食の為に散々食わされた。そのせいで今日になってもチョコを食べたい思わない。
 何故か頭を小突かれた。
「何すんだよ」
「あんた今いらないって思ったでしょ」
 ――エスパーかよ、って思ったが、いらないオーラは自分でもハッキリ出していたな。
「どうせ義理しかもらってないんだから素直に受け取っときなさい」
 ――義理なら昨日の分だけで十分です。
「いや、今年は義理以外もらえた」
「――その話詳しく聞こうかしら」
 姉ちゃんの目が猫科の動物を思わせる輝きを見せていた。

 姉ちゃんの部屋で何故か正座させられた。
 ――なんで朝教室で正座させられて、帰ってきても正座させられているんだろう。
「で、誰から貰ったの」
 ――人が正座させられているのに、なんで姉ちゃんはベッドに座って見下ろしているのだろうか。
 まるで尋問されているようだ。
「友達の友達からと、もう一つは差出人不明」
「前のはいいとして後者の差出人不明ってのは何よ、何で本命ってわかるの」
「『もし私の事が好きなら放課後屋上まで来てください』って書いた手紙ついてたから」
「えらくレトロな手段ね。で、その子はどんな子だったの?」
「放課後行ったけど居なかった」
 おまけに寒空の下一時間近く待たされたが無駄だった。
「こっそり隠れていたとかは?」
「隠れてそうなところって――貯水タンクの中ぐらいかな」
 頭を殴られ小気味良い音がした。
「それだとホラーになっちゃうでしょ。他に誰か居たりしたとかは?」
「ああ、そういえば友達がいた、でも――」
「男友達がいたとかいうのは却下」
「いや、女友達だって。でも、さっき言った『友達の友達』の友達の方だから」
「――ふうん」
 姉ちゃんは意味ありげに鼻を鳴らした。
「で、友達の友達の方はどうした訳?」
「学校も違うし、よく知らない子だったから友達からならって」
「あんたにしちゃ普通の返答ね」
 褒められているか馬鹿されているのか――多分後者だろうな。


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