先輩が楓さんの存在を無意識下で重荷に感じているのはわかっていた。
そしてそれがそろそろ限界に達しようとしていたからこそ、多少手荒な方法で揺さぶりをかけてみた。
先輩を手に入れるという最終目的を達成する上では、最大の賭けだったともいえる。
先輩が“度を過ぎた”人格者で、かつ楓さんがただめそめそするだけの人間だったら、
私は今こうして先輩に抱かれてはいないだろう。
「なんでっ、あんなことっ、したんだっ」
先輩が私を抉る。
適当に掻き回すだけの前戯ですっかりと準備を整えてしまった私が気に食わなかったのか、
いつになく先輩のストロークは強烈。……そんなに乱暴にされたら、ますます、感じちゃいますよ。
「……正直に、んっ、言ってしまえば、っ、楓さんがっ、羨ましかった、からですっ」
「……羨ましい、って」
「……今さらですけど、私、先輩のこと、好きですから。
いくらなんでも、気づいてなかったとは、言わせませんよ?」
「だからって、あんなっ」
私が楓さんの携帯に送りつけたもの。
それは、行為を終えて眠りについた先輩と、その隣に座る“女”の写真だ。
意図的に顔は出さなかったし、私を特定できるものは一切フレームに収めなかった。
「一番端的に、言いたいことが、伝わる、写真だったと、思いませんか?
それに―――」
「……それに?」
先輩が動きを止めて、私の次の言葉を待つ。ただそれだけで湧き上がる歓喜……!
キスするように、そっと頬に触れる。
「先輩、わらってます」
呆然とする先輩。……いってしまいそう。
―――先輩の携帯が鳴っている。
それを取ろうとしない先輩に代わって、私が“通話ボタンを押す”。
「……自分でも気づいているんでしょう?
このままでいいはずがない。
このままいられるはずがない。
血の繋がった兄妹がいい年こいて一緒に暮らして、
セックスまでするということ。
それが、どれだけ、不自然か―――」
「……」
「“私なら、好きになっても、愛しても、キスしても、セックスしても、いいんですよ?”」
「……楓の代わりで、いいって言うのか?」
「……代わり? 違いますよ。そんなつもりはさらさらありません。
“先輩は、最初から、楓さんのことなんて、好きでも何でもないんですから”」
……糖蜜のような、黒くねっとりとした悦楽が背骨を突き抜けていく。
「……確かに、今となっちゃ、どうだったのかなんてわからなくなっちまったよ」
「先輩は、やさしいひとですから。偶然、目の前に庇護欲をそそる存在がいて、
それがたまたま、実の妹だったと。それだけの話です」
―――唐突に思い出す。
子供の頃、小学校の校庭に赤とんぼが大量発生した年があった。
そこかしこで羽を休める彼らを、クラスの男子たちはこぞって捕まえて、
“シーチキン遊び”をしていた。
やりかたは簡単。
羽を両手で左右に引っ張るだけ。
トンボのボディは意外と丈夫で、軽く引っ張るくらいじゃなんともならない。
だが徐々に力を篭めていき、それがある一点に達した瞬間、とんぼの身が縦に真っ二つに裂けるのだ。
そこから覗く白い身が、まるでシーチキンに見えることからその名がついた。
最初にやりだしたのがどんな人間かは今となっては知りようがないが、なんとも残酷な話だ。
わたしも友人らにそそのかされて、一度だけやったことがある。
限界を超えた瞬間の虚脱、べりべりという嫌な感触とともに、
ぱっくりと花開くように散っていった小さないのち。
グロテスクな断面に吐き気を覚えすぐに亡骸を投げ捨ててしまったが、
それに喩えようもない愉悦を覚えてしまったことを覚えている。
……なーんだ。
私、何も変わっちゃいないじゃないか。
「……ほら、じっとしないで。好きに動いていいんですよ?
気を使う必要なんてありません。好きなだけ私のカラダで気持ちよくなってください。
その過程で、私もイかせてもらえれば最高ですが」
普段の私からは考えられない、あられもない言葉遣い。思わず顔が紅潮する。
だが、それら全てが楓さんに筒抜けだと思うとたまらない。
「……樹里ちゃん、おれ、本当にいいのかな」
「ええ、もちろん。ずっと楓さんに甘えられてきて、辛かったでしょう? 苦しかったでしょう?
これからは、私には素直な気持ちで接してください。私は、そのままの先輩を愛します」
このひとは本当はそんなに強くない。
強く在る必要があったから、やせ我慢していただけ。
楓さん、貴女の敗因はたったひとつだけ。
貴女が先輩の妹だということでも、世間知らずで夢見がちであったことでもない。
……先輩の、こころの弱さを認めてあげられなかったこと。
たったそれだけです。
……まあ、いまさら、遅いんですけど、ねっ。