部屋では楓が夕飯の準備をととのえて待っていた。
なじられはしまいか、ふさぎこんではいないかと心配して戻ってきたが、
特にそういうこともなく、というよりはちょっと上機嫌にすらみえる。
ということは、やっぱり見てなかったんだな。
ほっと胸を撫で下ろす自分がおかしい。
「遅かったですね、兄さん。暖めなおしますから、座って待っていてください」
楓はコンロに向かう。
「あ、ああ。悪いな。いつも待たせちまって」
「いいんです、望んでやっていることですから。兄さんが気に病む必要はありません」
振り返る楓の顔は、なにか憑き物が落ちたようなすがすがしさに満ちている。
なんかいいことでもあったのかな。
「いただきます」
「いただきます」
楓は普段から料理には手間を掛ける方だが、今日は特に品数が多く、妙に豪勢だ。
「何だかおかずが豪華だけど、なんかあったっけ?」
女はやたらと節目とか記念日にこだわるらしいからな。
ここで一緒に暮らし始めて三日目とか、記念日だらけにされたらたまらん。
楓はうーん、とひと唸りすると、
「意図はそれなりにありますが、意味はありません」
「……なんじゃそりゃ」
禅問答じゃあるまいし。
それでも種類と量がちょっと多いだけで、その他はいつも通りの楓の料理だ。
「おかわり」
「はいはい、まだまだありますから、いっぱい食べてください」
「ん」
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食事を終え、洗い物をする楓のうしろ姿を眺めながらほうじ茶を啜る。
……こんな風に、おれたちは兄妹としてなら本当にうまくやっていける。
変に意識するからおかしくなるんだ。
次に樹里ちゃんに会ったときに、これ以上は何もしなくていいって伝えよう。
後はなるようになるだろう。そう思った。
樹里ちゃんといえば、別れ際の態度が何だか気になるな。
何とも思わせぶりな発言だったが、もしかして、その、俺のこと……
いやいやいや。勘違いしてはまずい。これだから男子校出身の童貞は。
……自分で言っていて悲しくなってくる。
いい加減溜まってきているせいか、妄想が止まらない。
樹里ちゃん、可愛かったなあ……
普段が無表情な分、ちょっと笑うとそれがすごく心に響くし……
見た目はちょっと冷たい感じだけど、実は洒落の通じる相手だし……
付き合ってる奴とかいるのかな……
樹里ちゃんくらい魅力的なら、彼氏の一人や二人、いてもおかしくないよな……
脳内で彼女をひん剥いてみる。
おお、胸はうちの愚妹より大きいな。これが脂肪の塊とは、まさに人体の神秘なり。
うーん、腰はさすがにモデル体型というわけにはいかないが、十分えっちだ。
うお、そのクールな表情が、うは、めがね、めがねですか、すご、うはは……
本人にばれたら絶対に絞殺されるような妄想に耽るうち、愚息がジーンズをぱんぱんに膨れ上がらせていく。
いい加減に処理しないとな……
トイレだと絶対ばれるだろうし、風呂だとすりガラス越しに丸見えだ。
まいったな……
「何がまいったんですか?」
「い、いや、なんでもない」
楓が自分の湯飲みを持ってきておれの隣に座る。
慌てて体育座りするおれ。不審すぎ。
楓は既に風呂に入ってきたのか、ピンク色のパジャマに着替えていた。
濡れた長い髪と、紅潮した頬が匂い立つような色気を放っている。
「兄さん」
「な、なんだ」
「今日で三日目ですね」
「色々なことがありすぎて、何だかもう一週間近く経った気分だよ」
「……ごめんなさい、経緯はどうあれ、急に押しかけたのは事実です」
「気は済んだか?」
「いえ、全然」
いけしゃあしゃあと開き直りやがって。
「それでですね、兄さん」
楓はおれの方に向きなおる。両の瞳がおれを捉える。
「溜まってませんか」
……。
「……本気かよ」
「何をいまさら」
これ見よがしにため息をつかれる。
「あのな、おれたちは……」
「兄さんは朝起きたら顔を洗って髭を剃りますよね」
「ああ」
「夜寝る前にはお風呂に入ってトイレに行きますよね」
「ああ」
「それと同じように、わたしとセックスしてくれればいいんです」
……いい加減あたまにきた。
便所に行くのと、実妹とのセックスを同列に扱えと?
「……楓、おまえいい加減に」
「だってしょうがないじゃないですか! 兄さんがあの女を気にしてるのは性欲のせいです!絶対!絶対に!
愛なんかじゃない! 本当はあんな女のこと、好きでもなんでもないんです。性欲と愛情を勘違いしてるだけです。
それにあの女が漬け込んでいるんだってことにどうして気づいてくれないんですか!?
今日だってあんなに露骨に兄さんのこと誘惑して、汚らしい雌の匂いをぷんぷんさせて兄さんを困らせて、
それで悦に浸ってる売女ですよあの女は! 目を覚ましてください!
指輪なんて買ってやってる場合じゃないでしょう! 何度でも言います、
兄さんはあの女を好きなわけじゃありません。セックスしたいだけです。射精したいだけです!
だからわたしが、兄さんが 勘違いしないように、兄さんの性欲を、受け止めます。すべて? 全部。全部!
毎日からっからになるくらい兄さんの精子を絞ります。そうすれば馬鹿な考えなんて微塵も浮かばないでしょう。
そうすれば兄さんはわたしを見てくれる。本当の愛情をくれる存在、自分を一番愛しているのが一体全体誰なのか、
嫌でもわかります! だから! 朝でも、夜でも、大学でも、外でも、家でも、兄さんが望むままに!
家族で妹で同居人であるわたしが! 楓が! 全部! 責任もって! 兄さんを愛しますッ!!」
おれは、楓の何をわかっていたというのだろう?
「でも、意外と簡単なものですね。……兄さん、愛してます。ほら簡単。こんなに簡単に気持ちって口にできる。
今まで押し込めていたのが嘘みたいです。……すごく心が軽い。
幸せすぎて息が止まってしまいそう。こんなに幸せなら、最初から言っていればよかったのかな。うふふ。
兄さん、あっけに取られた顔してる。そんなに意外? 嘘だ。絶対気づいてたでしょ。
このまま自然消滅させるつもりだったんだろうけど、甘いよ、甘い。
甘すぎる。この気持ちはそんなに軽くない。背負ってきた私が言うんだから間違いないよ。
あはは。あー、幸せ。兄さん、好き。大好き。抱かれたい。犯されたい。うふふ。壊されたい。殺されたい」
……にいさんのこと、ころしたいくらい、あいしてる。
楓がしな垂れかかってくる。
熱を帯びた躯。石鹸の匂い。潤んだ瞳。薄く開かれた唇。
楓は無邪気におれの股間に手を伸ばす。
自分にないものに興味しんしんだった、本当に小さかったあの頃に戻ったかのように。
「あは、にいさんったらもうこんなにおっきくしちゃって、ズボンがはちきれそう。
ごめんね、我慢させちゃったね。すぐに楓が、楽に、してあげるよ。
だからね、お兄ちゃん。いっぱい、いっぱい、いーっぱい、
まっ白いどろどろの精子、かえでで、びゅっ、てして?」
もう、我慢、できなかった。