昔から、こいつは狭いところが好きだった。
狭い部屋、狭い趣味、狭い人間関係―――
かくれんぼでも何でもないのに、箪笥と壁の間に挟まってズッコケ三人組を手繰る楓を見て、
子供心に「こいつ、やばいんじゃないのか」と考えていたことを覚えている。
小学校の頃は、クラスメイトから微妙に敬遠されていた。
どこか浮世離れした雰囲気を持ち、いつも本ばかり読んでいた楓はその頃から、世間というものに対して懐疑的だった。
それでも見た目は悪くなかったし、今ほどつっけんどんではなかったから友達もそれなりにいた。
卒業式の日ちょっとした事件があって、今のような状態になってしまったのだが……。
それでもおれより一年遅れて中学生になり、高校生になり、
他の連中の兄妹仲が険悪になることが多いなか、
ずっと変わらずおれを慕ってくれたことは、すごく嬉しかった。
天の川のような黒髪が腰に向かって流れている。
長いまつげが微かに震える。
こいつは今のままではいけないと、感じる。
確かに世間はこいつの望む透明さを持ち合わせてはいないが、全てを拒絶しなければならないほど薄汚れてはいない。
自分の好きなもの、気に入ったものだけを周りに並べて満足する小さな子供のような在り方は、
いずれ楓を破綻させるだろう。
それを防げるのは、きっとおれだけだ。
いずれ自然に治るだろうとたかをくくっていたが、これはまずい。
大学生にもなって、兄貴の布団で泣いていていいはずがない。
多少の荒療治は必要かも知れない。
楓には恨まれるかもしれないが、それも兄貴の仕事だと思えばつらくない。
大丈夫、きっとうまくやれる。
背中と膝裏に腕をまわし、そっと抱き上げる。想像よりもずっと軽く、弱々しい。
きっと最後になるであろう感触をかみ締めながら、おれは立ち上がった。