合鍵 第30回
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雨音が聞こえる。
今日は買い物に行かなくてはならないと言うのに億劫だ。
窓に当たる雨を見ながら、藍子はベットから起き上がり、服を着る。

ここから一番近いスーパーまで六分。買い物に十分。帰りに六分。計二十二分。
そんなに長い間、もとくんから離れていなくちゃダメなの?
想像するだけで、寂しくて不安になって、つい、もとくんをベットに縛り付けて、
襲ってしまった。三回ほど出してもらった。
お腹一杯。幸せ一杯。

脱いでしまった服を再び着なおす。
元也を縛り付けてある縄が緩んでない事を確認し、キスをすると部屋から出て行く。
出て行ったが、帰ってきて、もう一度、キスをした。

靴を履き、傘を選び、玄関のドアを開けた。
傘を開けようとした時、声をかけられた。
「にゃっほー、お久しぶり」

声の方を振り向こうとすると、体中に衝撃が走った。
そのまま、藍子の意識は遠ざかる。

独り部屋に残された元也。
絞められっぱなしの手首が痛い。鬱血しそうだ。
最近の藍子は酷過ぎる。
逃げたい。
けど、放って置くわけにはいかない。

何度も考えて、やっぱりどうする事もできない、と言う結論に至る。
はあ、と溜息を付く。
サキさんはどうしてるかな。そろそろ退院できる頃だと思うけど、大丈夫かな?

そんな事を考えていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
藍子?いや、買い物に行ったにしては帰りが早すぎる。
まさか、俺がサキさんの事を考えた事に気がついて、帰ってきた?
そんなとんでもない考えが浮かび、本気で元也は怖くなった。

部屋のドアが開く。
一瞬、元也は幻を見ているのかと思った。
サキさんのこと考えていたから、こんな幻を見るのかと。

サキ「うわッ!?何それ、いつの間に元也君、そんなプレイを?」
元也が手首を絞められているのを見たサキの第一声がそれだった。

元也「え?あ、いや、これは、僕が望んでやってる訳じゃあ…」
そこまで言って、元也はサキが何でここにいるのか疑問を持った。
どうやって、この家に入ったんだ?サキさんには、合鍵、渡して無かったよな?
藍子?藍子はどうしたんだろ?

色んな疑問が頭を駆け巡る。
だが、サキが「よいしょっと」と、部屋に何かを引きずり入れるのを見ると、謎が解けた。

サキが部屋に入れたもの、それは手首と足首に交差する様に手錠をかけられた藍子だった。
あれでは身動きが取れそうも無い。
それだけでは飽き足りないのか、サキは更に首輪を藍子にかけ、その先を部屋のシルバーラックに
括りつけた。首輪の紐の長さは30センチほどだろうか。
そんな事をされても、藍子は目を覚まさない。

元也「さ、サキさん、藍子に、なにを?」
サキ「んー?ああ、これを、カチッと、ね。」
サキが取り出したのは、おそらく、スタンガンと言う奴だろう。
サキがスイッチを入れるたび、ジジッと音がする。

元也「な、何考えてんですか!!」
サキ「何って、決まってるじゃない」

クスクス笑いながら、サキはベットに括り付けられている元也に近づく。
舌なめずりをしているサキの舌が艶かしく紅い。

その赤と対比して、唇が真っ青である事に元也は気がついた。
そう言えば、髪も服もびしょ濡れだし、体も震えている。
元也の頬を撫でるその手も、氷の様に冷たい。

元也「サキさん、どうしたんですか?そんなに冷え切って、
   今まで、何処にいたんですか?」
サキ「ん〜?ずっと、このおうちの庭にいたのよ」
元也「ずっと、てどの位?こんなびしょ濡れになるってのに?」
サキ「だってさ〜、あなた達、ちっとも外に出てこないんだもの。
   そうねえ、昨日の晩からずっと、待ち伏せしてたの」
元也「き、昨日?」
サキ「だって、藍子ちゃん、私だって分かったら、絶対入れてくれないの分かってたから。
   ちょっと強引な手で入るつもりだったしさ」

そのまま、サキは元也に被さってきた。ぞっとするほど冷たい。
体の芯から冷え切っているのだろう。

元也「サキさん、そのままだったら、風邪引いちゃうよ。
   体、シャワーででも暖めてきてくださいよ」
サキ「いーや。
   もっと素敵な体の温め方があるじゃない」
微笑むサキの顔に濡れた髪がしっとりと張り付いている。
ジャケットを脱いで、青いセーターも雨に濡れて体のラインを強調するように張り付いている。
スカートも、ふとももにくっついて、肌の色が透けて見える。下着の色も分かる。黒だ。

まだ気絶したままの藍子が横になっていると言うのに、元也の体は反応してしまう。
こんな状況で襲われて、最中に藍子が起きたらどうなるか。
心底恐ろしかった。

だが、腕を縛られたままの元也は逃げられない。
元也「や、止めてください!サキさん!!藍子が、藍子が」
サキ「いいじゃない。別に。
   考えてもみてよ。あなたがお見舞いにも来てくれず、私、寂しかったのよ?
   その上、ちょっと考えれば、あなたと藍子ちゃんがどうしてるかなんてすぐに
   想像ついたし、嫉妬で死にそうになったし、おかげで独り寝が寂しくて堪えたし、
   実際来て見れば予想通りでまた死にそうなぐらい腹も立つし、今までの藍子ちゃんとの
   生活を想像すれば、取り戻したくなるのは当然だし、ここは一つ、見せ付けてやろうかなって」

遠くで、何かグチョグチョとくぐもった音がする。
意識が戻るにつれ、音がクリアに聞こえてくる。
手足を伸ばそうとして、がチャリ、と金属音がする。身動きが取れない事に気がついた。
意識が覚醒する。目を開いた。

音の出所がわかった。
分かったが、何が起きているのかわからなかった。

たっぷり三分間は瞬き一つしなかった。目の前で起きていることを凝視していた。
「ああ、起きたんだ。おはよう、藍子ちゃん」
ベットの上で体を上下に動かしている人が挨拶をしてきた。
思わず、挨拶を返してしまった。
藍子「…おはよう、ご、ざい、ま、す」


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