合鍵 第22回
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私を一番に想ってくれなくてもいい。
ただ、近くにいられるだけで構わない。
私は幼馴染だから。
恋人なら、いつか別れる時が来るかもしれない。
けど、幼馴染の繋がりは、切れることは無い。
これから先、永遠に繋がっていられる。
だから、私はこのままで、いい。まんぞく、しなくちゃならない。
私は、幼馴染だから。
だから、もとくん、そばに、いさせて。もう、困らせないから。わがまま、いわないから。

土曜日、日曜日の連休の間、藍子は家から一歩も出なかった。
外に出て、元也とサキが一緒にいる所を偶然見てしまうことが怖かった。
だから、ずっと、ベットの上で、泣きながら過ごした。

休み明けの月曜日、藍子は泣きすぎて真っ赤に腫れた目を気にしながらも、学校に向かった。
いつまでも泣いているのは、サキに負けた気がした。

無意識に、学校とは逆方向、元也の家のほうに足が向いていた。最初の角を曲がったところで、
もう自分が元也を起こしに行く事はできない事を思い出した。

涙が溢れそうになったが、唇を噛んで我慢した。
もう、気にしないことにしたのだ。
私はただの幼馴染。もう、それ以上を望んでしまえば、元也の側にいる事は出来ないのだ。

元也を起こしに行かないので、いつもよりずっと早く学校についた。
自分の席に座る。窓際なので、グランドが見える。
正門を眺める。
元也が来るのを、せめて、遠くから見たかった。

その日、藍子は元也とは一言も喋らなかった。藍子の方から元也を避けた。
話せば、こらえているものが溢れ出て、止められなくなる事が分かっていた。
それでも、視線は常に元也を追ってしまう。

放課後、元也は美術室に向かう。教室を出る時、藍子の方を見た。だが、藍子の方から
目を逸らした。元也は何か言いたそうだったが、気付かない振りをした。

下駄箱の前で、上履きから、革靴になる。
今日、何とか泣かずにすんだ。このまま、この悲しさが消えていくまで、こんな風に、過ごそう。
きっと、いつか、もとくんと自然に話せる時が来るはずだ。
………………ムリ。そんなの、無理。この悲しさが、消えるはずは無い。

涙が、ぽとり、と落ちた。
慌てて目を擦っていると、後ろからクラスメートに声をかけられた。

「あ、丁度良かった。藍子、このノート、元也君に返しといてくんない?
 一昨日借りてたの、すっかり忘れちゃってさ、謝っといてね!」
それだけ言うと、そのクラスメートは走り去っていった。ジャージに着替えているので、
これから部活があるのだろう。

藍子に元也への返し物を預けるのは、当然のことだった。この二人がいつも一緒にいる事を知らない人間は、
クラスにはいないのだから。
しかし、今現在の、藍子と元也の微妙な関係を知っているクラスメートはいない。

元也のノートを渡された藍子は、立ちすくんでいた。
今、元也には会いたくない。
しかも、今、元也がいるのは美術室、サキと一緒にいるところなのだ。
絶対に、見たくなかった。

それでも、元也が困るかもしれない、そう思って、美術室に行く事にした。
美術室へと向かう間、ずっと地面が揺れている気がした。

美術室のある四階への階段を登りきった途端、美術室のドアが開いた。
思わず、隠れてしまった。
何で隠れなきゃいけないのよ、と思い直し、美術室の方を見る。

心臓がギュウっと、縮んだ。
サキに腕を引かれて、元也が歩いていた。そのまま、二人は屋上へと向かう。

思考が停止したまま、後をつける。
屋上のドアの影から、二人の様子を覗き見る。

二人は、キスをしていた。

キスをしているサキと、目があった気がした。ただの気のせいかもしれない。
それでも、その場から、逃げた。

家に帰り、自分の部屋のベットに潜り込んだ。
諦めると決心した事も頭から吹き飛び、ただひたすらに、絶望感があった。

元也から貰った合鍵を、握り締める。
これだけが、支えだった。けど、もう、これさえも、何の意味も無いように思えてきた。

……
………………
………………………
…………………………………………………ああ、そうだった、の、ね。
ああやって、私のもとくんを誑かしていたのね。あの女は。
ああやって、あの汚い女は、もとくんを騙したんだ。
救ってあげなきゃ。
わたしが。

むくり、と藍子が起き上がった。
時計を見る。夜の二時だ。
フラフラとおぼつかない足取りで、家を出た。裸足である事も気がついていない。

元也の家の前まで来ると、合鍵をさしこみ、音を立てないように回した。
ゆっくりと、足音を立てないようにしながら、道具箱を探した。
道具箱から、一つ二つ、物を取り出す。

元也の部屋のドアをあける。
電気をつけないでも、月明かりで部屋の様子が見えた。
元也はぐっすりと寝込んでいた。
その事を確認すると、元也のベットの下から、元也が隠している本を取り出す。
流石に月明かりでは読めないので、デスクスタンドを灯した。
その本で、手の縛り方を確認すると、スタンドの電気を消した。
そして藍子は、寝ている元也の方へとセーラー服のスカーフを外しながら、向かっていった。


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