屋上に独り残された藍子。
敗北感と、孤独感と、寂寥感と、そして、うねる様な嫉妬感が胸にあった。
気がつくと、自分の部屋にいた。
どうやってここまで帰ってきたのか、記憶が無い。
帰宅中の藍子を見た人がいれば、藍子を夢遊病かと思っただろう。
涙が、止まらない。
止めるつもりも無かった。
もう、元也の近くにいる事さえ出来ない。あの女がいる限り、ダメなのだ。
なんで、あの女なんだろう?なんで、こんな事になっちゃったんだろう?
あの、二日間?もとくんと一緒に帰らなかった、あの二日間?
私が側にいなかったから、もとくんを、あんな女に、獲っていかれたの?
あの女は、ずっと、私がもとくんから離れるのを、狙っていたの?
たった、二回、もとくんと一緒に帰らなかっただけで、こんな事になったの?
じゃあ、ずっと、一緒にいれば、良かったのね?
他の女に、手を出せる隙を与えちゃ、ダメだったのね。
ずっと、私の目に入る所においとかなきゃ、いけなかったのね。
セーラー服を脱ぎ、下着も外した。
そして身につけたのは、いつか持って帰った、元也の寝巻きだ。
それを身に付け、彼女は、ベットに横たわる。
せめて、元也のにおいに包まれて、眠りたかった。
しかし、一度洗濯した元也の寝巻きからは、彼のにおいは消えていた。
その事がまた悲しくて、彼女は泣いた。
電話が鳴った。
寝ぼけながらも、元也は電話を取る。
誰だ?こんな朝っぱらから。
元也「…もしも、し?」
サキ『もしもーし、はにゃっほ〜
起きた〜?』
元也「…サ、キ、さん?……どしたんです?こんな早くに」
サキ『モーニングコールだよん』
時計を見る元也。
あれ?と思う。
藍子がいない。いつもの起こしてくれる時間は、もうすぐだ。
元也「ああ、ありがとうございました」
サキ『うん、じゃあ、遅刻しちゃ、ダメだよ。学校で会いましょう』
なんで、藍子がいないんだろう?体調、崩しちゃったのかな?
とりあえず、朝ご飯だ。
リビングに降りて、パンを焼く。
いつもなら、そこにはパンとサラダと目玉焼きが、用意されているのに今日は無い。
贅沢に慣れちゃったなあ、と思うと同時に、改めて、藍子への感謝の念が起きる。
顔も洗い、制服に着替え、玄関を出る。
だが、何となく力が出ない。理由は分かっている。朝ご飯が貧相だったからだ。
なんで、藍子、来てくれなかったのかな?
藍子が心配になってきた。腕時計を見る。遅刻ギリギリだ。
少し考えた後、決めた。藍子の家に言ってから、学校に行こう。
今更、遅刻を気にするのも馬鹿馬鹿しい。
藍子の家のインターホンを押すと、藍子の母が出た。
藍子の事を尋ねると、案の定、体調が悪いそうだ。昨日帰ってきてからずっと寝込んでいるらしい。
お邪魔します、と言って、家に上げてもらう。
そして、二階の藍子の部屋に向かった。
眠っていた。
悲しい夢を見ながら、眠っていたのに、玄関から元也の声が聞こえると、一気に覚醒した。
迎えに来てくれた!
心の底から、喜びが沸き起こる。
だが、それが何になるのだ。
もとくんは、もう、サキさんのものなのだ。
そう思うと、喜びが消え、再び寂寥感だけが胸に残った。
部屋のドアがノックされた。
藍子は起き上がろうとしたが、自分が元也の寝巻きを着ていることに気がつき、慌てて布団を被った。
入るぞー、と言いながら、元也が部屋に入ってきた。
元也「大丈夫か?風邪か?」
藍子「…うん、大丈夫、ちょっと、頭が痛いだけ」
元也「そっか、じゃあ、大丈夫かな。
早く良くなって、朝ご飯作りに来てくれよ。食パンだけだから、なんか力が出てこないよ。」
その言葉に、涙が出そうになる。
けど、もうそれは出来ないのだ。あの女がいる限り。
涙を隠すため、横向きになる藍子。
元也「じゃあ、遅刻しちゃうし、もう俺いくから。
大人しく、寝てろよ?」
…遅刻?ふと気になった。私が起こしてないのに、何で、もとくん、ちゃんと起きれているの?
藍子「…ねえ、今日、ちゃんと独りで起きれたの?」
元也「ああ、うん、けさ、サキさんがモーニングコールしてくれたんで、助かったよ」
藍子「サ、キ、さん」
元也の口から、その名前が出てくると、切れた。
藍子「…ねえ、もとくん、サキさんと、何なの」
元也「何なのって?え?」
藍子「とぼけないで」
元也「………
ああ、知ってるのか。うん、そうなんだ。サキさんと俺、なんと言うか、さ」
藍子「サキさんのこと、好きなの?」
元也「当然だろう」
藍子「どこが?」
元也「どこって、言われても」
藍子「なんで?」
元也「?藍子、どうした?」
藍子「なんで、私じゃなくて、サキさんなの?
私、今までずっと、もとくんの為に頑張ってきたじゃない!」
元也「藍子?」
藍子「それなのに、どうして、私から離れちゃうの?
そんなの、おかしいじゃない!!!!
そんなの、ひどすぎる!!!!!!!!!
別に、別に、もとくんに気に入られたいから、今まで頑張ってきたわけじゃないけど、けど、
もとくんが喜んでくれるならって、それで頑張ってきたけど、でも、でも、こんなの、ひどいよ!!!!
私、もとくんの好きな食べ物も知ってるし、好きな事だって知ってる!!
だって、小さい頃から、ずっと、見てきたんだもん!!!!十年以上!もとくんだけを想って
生きてきたんだよ?
それなのに、それなのに、それなのに!!
見てよ!これだって、そう!このもとくんの寝巻きだって、そう!!
もとくんが離れていって、寂しかったから、これを着て、自分を誤魔化してたんだよ!?
こんなに想ってるのに、こんなに想い続けてきたのに、なのに、あんな、急に出て来た人のところに
行っちゃうの!!!!???
おかしいよ!!!!!!!!!こんなの!!!!」
藍子の迫力に驚いていた元也だったが、藍子から目を逸らし、
元也「……ごめん…」
とだけ言った。
藍子「もういい!!
もう、こんな、ひどいもとくんなんて、いらないっ!!!消えて!!!!
私を一番に想ってくれないなら、もう、いい!!!!
二度と、こないで!!!!もとくんなんか、サキさんと一緒に死んじゃえ!!!!」
元也「…ごめん…」
ポツリとそう呟くと、元也はベットサイドから立ち上がった。
藍子「ま、待って!!!!!」
藍子「違う!!いまの、違う!!!
違うから、わたし、そんな事思ってない!!!!
違うの!!!いいの!!!いいから、私、二番でもいい!!ううん、もっと下でもいい!!
だから、だからお願い、側に、いて。側にいさせて。お願い。
何でも言う事、聞くから。お願い、近くにいさせて。お願い!!!!!
おね、がい、だから、………おね…が……い、し…ま……すから…」
最後の方は、もう、ことばにもならず、嗚咽のみが出ていた。
縋り付く様な藍子を、元也は抱きしめてやりたかった。
けど、それはもう、出来ないのだ。
サキと付き合うことになったのは、後悔してない。サキを愛していると、胸をはって言える。
それでも、元也は、自分が、間違ってしまったのかもしれないと、そう思ってしまった。
藍子も、サキと同じくらい、いや、ひょっとしたら、それ以上に、大事な人だから。