その日、藍子の様子がおかしい事に、クラスの友人達はすぐに気がついた。
まるで、生気が抜けたような顔をしている。
その事について、元也に尋ねても、なにやらハッキリとしない。
昼休み、元也を尋ねて、教室に一つ上の上級生が尋ねてきた。
クラスが騒然となる。学園でも美人と有名なサキだ。
どういうことかな?と思い、友人のひとりが藍子を見た。見て、ギョッとした。
藍子の顔が、怖かった。サキと、元也を睨みつけていた。
そして、理解した。藍子の様子がおかしかったのは、あのサキ先輩のせいか、と。
サキ「にゃっほ〜 おげんき〜?」
元也「はい、お元気ですよ〜
って、なんか用ですか?」
サキ「ううっなんて冷たいセリフ!!恋人同士の会話には思えないわっ!!
……って、まあ、じゃれるのは置いといて、お昼、一緒にどう?」
元也「ああ、昼飯ですか、ええと」
藍子の方を見る元也。ずっと、お昼は藍子と一緒にとっていたのだ。
藍子と目が合う。藍子が、驚いて、それから微笑んだ。
それを見て、ガソリンに火がついたかのように、サキの胸に嫉妬心が燃え上がる。
元也「ねえ、サキさん、藍子も、一緒にいていいかな?」
昨日から、藍子の様子がおかしい事も、元也は気が着いていた。出来る限り、気を使ってやりたかった。
何言ってるの、元也君?嫌に決まってるじゃない。あの娘とは、一秒でもあなたと離れさせておきたいの。
とは、流石に言えない。
サキ「えーと、ちょっと、嫌だなあ。
恋人になったばかりの二人の甘々なセリフ、人に聞かれるの、恥ずかしいわ」
そう言って、元也の腕に絡みつくサキ。
元也も、そう言われては、藍子を連れて行けない。
サキの言う甘々なセリフ、ぜひ聞きたかった。
また、もとくんとの時間を、あの女に獲られた。
ううん、それだけじゃない。あの女は、もとくんを、本当に奪っていったのだ。
あの、泥棒猫、死ね。
帰ってきて。私のところに。あの女は、もとくんの居場所じゃないのよ?
放課後。
藍子が帰ろうとしたところ、サキに呼び止められた。
屋上にいる藍子とサキ。
風が強い。
藍子「…なにか、御用ですか…」
サキ「ええ、ちょっと、私の恋人、元也についてなんだけど」
藍子「…ああ、やっぱり、そうなんですか。薄々、気がついてたけど、あなた、本当に
私のもとくん、取って行ったんですか。どんないやらしい方法でもとくんを騙したんですか」
サキ「…だれが、誰の物ですって?」
藍子「もとくんが、私のものです」
サキ「もう、諦めなさい。あなたのもとくんは、私の元也君になったの」
藍子「……………………うるさい」
サキ「だから、あなたももう諦めて、いつまでもそんな、怖い顔しないで。
私の元也君が気にかけちゃうから」
藍子「そうでしょう、もとくん、私にはとっても優しいから」
サキ「そんな未練がましい顔してる人がいちゃうと、気が滅入るのよ
私の元也君のためを思うなら、恋人ができた事、祝福してあげたら?」
サキ「ハッキリ言うとね、うっとおしいの、藍子ちゃん。
いつまでも、そんな、自分が元也君にとって特別だって顔で、私達の近くにいないで」
サキ「百歩譲って、今まであなたが元也君の一番だった事は認めてあげる。
けどね、今、そこにいるのは私。
あなたは、そこにいないの。おわかり?」
プルプルと、藍子の肩が震える。もうすぐ限界のようだ。
よし、あと、一押し。単純な子ね。カワイイぐらいよ。
サキ「だからね、恋人の私としては、あなたが元也君の合鍵持ってるの、すごく気に入らないのよ。
朝起こすのも、朝ご飯作るのも、お昼一緒に食べるのも、夕御飯作るのも、全部、私のほうが相応しいでしょう?」
サキ「その合鍵、渡して」
バチン!
サキの頬を、藍子が叩いた。
サキが頬を押さえる。ジンジンと痛みがわいて来る。
頬を押さえながら、サキがクスクスと笑い始めた。
サキ「あーあ、ひどい人ねえ。嫉妬で、人の顔叩くとは」
藍子「…自分の、せい、でしょ」
サキ「まあ、そうかもね」
サキ「それはそうと、この事、元也君に言ったら、どう思うかなあ?」
藍子が、ハッと気がつく。
サキ「自分の恋人を、力一杯叩きつける幼馴染。
さぞ、怒るでしょうねえ。おこって、あなたの事、嫌いになるんじゃないかしら?あーあ。可哀想に。
…で、どうしてほしい?」
元也から嫌われるかもしれない。その恐怖が、身を貫く。
藍子「い、言わないで。もとくんには、お願い、黙ってて」
サキ「ええ、いいわよ。
でも、その代わり………分かってるでしょう?」
それだけ言うと、サキはクスクスと笑いながら、屋上を後にした。
屋上には、藍子だけが、残っていた。