合鍵 第16回
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元也「サキさん、そろそろ、帰りますか?
   送っていきますよ」
元也は、申し訳なさそうに、サキにそう尋ねた。

その後ろで、藍子が興奮して、何か金切り声を出している。
何がそんなに気に入らないのか、分からなかった。
だが、今夜の藍子は余りにもサキに対して失礼な事を繰り返していたので、元也もかなり
頭に来ていた。
藍子の声を無視して、サキに話しかける。

サキ「そうね、もう、お暇した方が、良いみたいね。
   …彼女に、殺される前にね」
藍子を見ながら、サキはクスクスと笑い出した。
こんな状況で、そんな風に笑い出したサキを見て、急に元也は、ゾオッ、っとした。

元也「じゃあ、俺はサキさんを家まで送って来るけど、藍子、お前は?
   一緒に送っていこうか?」
靴を履きながら、藍子に尋ねる。
藍子「ううん。私、お皿、洗わなくっちゃ、ダメだから、
   もうちょっと、ここに残るわ」
そう言うと、サキの方を見て、笑った。
その笑顔が、なんだか、嫌だったので元也は藍子から目を逸らした。
元也「……ああ、分かった。
   じゃあ、サキさん送ってきたら、すぐ帰ってくるから、それまで待ってろよ。
   ちゃんと、お前も家まで送って行くから、勝手に独りで帰んなよ。
   …行きましょう、サキさん」

玄関から元也とサキは出て行った。後ろで、鍵が閉まる音。

内心、元也はホッとしていた。
これ以上、藍子とサキを近づけておきたくは無かった。
藍子が残ってくれて助かった。

元也「なんか、色々、申し訳ありませんでした。
   …いつもなら、あんな、失礼な奴じゃあ無いんですけど」
元也が、済まなさそうな顔で謝ってきた。
サキ「別に、いいわよ。
   元々は、私が藍子ちゃんに断りも無くお邪魔したんですもの。
   悪いのは、私も同じね」
そう言っても、元也の顔は晴れない。

気を取り直すかのように、サキが、明るい声で、
サキ「さて、明日は私の番ね!今夜のカレーに負けない、美味しいもの、たっぷり作るから、
   楽しみにしといてね!」
え?何のことです?と、驚く元也に、
サキ「何言ってるの!あなたの明日の晩御飯でしょう!
   変わりばんこでお願いって、あなた、言ったでしょうに
   今日、藍子ちゃんだから、明日は私の番でしょう?」

元也「え?ああ、確かに言いましたけど…」
そんな事したら、また藍子がどうなってしまうか、想像は出来なかったが、また荒れてしまう事は
避けたかった。

困った様子の元也を見ていると、胸にわだかまっている不快感が高まってきた。
サキ「何、思い悩んでるのよ?
   私の料理、食べるのが嫌になったの?」
元也「え?いや、そういうわけじゃあ」
サキ「じゃあ、何だって言うの!!??
   もっと、嬉しそうな顔、してよ!!!」
元也の考えは分かっていた。藍子が気になるのだろう。
だが、だからこそ、気に入らなかった。
藍子の前で、我慢していた感情が、少し、零れるのが分かった。
しかし、止められなかった。

サキ「何よ!藍子ちゃんの事は心配できるのに、私のこと、考えてくれないの?」
元也「サキ、さん?」
サキ「あんな風に、騒いだもの勝ちなの?
   あんな風に、あなたの前で、興奮した方が、よかったって言うの!!??」

元也「サキさん!!!」
元也に肩をつかまれ、どうしたんです?と、瞳を覗かれると、自分の興奮を自覚した。
我に帰り、元也の手を振り解いて、先に歩き始めた。
元也が後ろから、自分の名前を呼んだが、振り返らない。
今の自分の顔を、見せたくなかった。

サキ「…ごめん、ちょっと、みっともなかったね、私」
サキが前を見たまま、話し掛けてきた。
苦笑いしながらも、構いません、とだけ答える。

急に、サキが立ち止まる。
そして、元也が隣に並ぶと、体をピッタリと横につけ、腕を組んできた。
驚いて、サキの方を見たが、髪に隠れて、その顔は見えなかった。
な、何ですか、と尋ねても、
サキ「いいから、このまま!!」
とだけ言われ、しょうがなく、腕を組んだまま歩く。
サキの香りが鼻に届き、鼓動が早くなる。

 

ずっと、元也の視線を、顔の辺りに感じるが、腕を組んで、横に並んでいる状態では、
表情を見られることは無いだろう。
今の表情を元也に見られたくはなかった。
多分、藍子ちゃんと同じような、醜い顔をしているから。
私は、藍子ちゃんとは違う。あんな、嫉妬で醜く歪んだ顔を、元也には見せたくなかった。
いつも、笑顔で、笑顔の自分の顔を、元也に覚えて貰いたかった。

だから、今、元也に、自分の顔を見られたく、無かった。
誤魔化す様に、元也の腕を、より強く、つかむ。
自分の胸が、ちょっと当たっている。元也が、困っている素振りをしているのが分かる。
いいわ、私を、苦しめた罰だわ。もっと、困りなさい。
そう思い、胸の谷間に、腕を挟みこませた。
慌てて、腕を振り解こうとする元也。
しかし、逃がさないよう、より一層、腕に力をこめ、体を摺り寄せる。

こんな暗い夜道、こんなことして、元也君、送り狼になちゃたりしないかしら?
まず、そんなことありえないでしょうけど、まあ、そうなったら、そうね、
責任とって貰うしかないわね。うん。b
ああ、だめよ、元也君、そんなとこ、触っちゃ、ああ、だめよ、んんっ、やめて、いじわる、しないで………

そんな考えが浮かぶと、今度は、体ごと、元也に擦り寄ってみた。
あの、ちょっと、サキ、さん、ちょっと、ねえ、いいかげんに、ちょっと、あの、ですからねえ、
まともに言葉も出せないほどうろたえまくる元也が、妙に、いとおしかった。


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