合鍵 第15回
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「ええと、その、よろしかったら、変わりばんこでお願いします」

そう言って、藍子とサキの顔色をうかがう元也。
藍子が、唇を噛んでいるのが見えた。肩も震えているのが分かる。
だが、瞳は髪に隠れて、見えなかった。

サキを見る。相変わらず、微笑んでいる。こっちは、いつも通りだ。
とりあえず、ホッとした。

しかし、元也からは見えない、テーブルの下では、爪が食い込むほど、手を握り締めていた。
その痛みで、辛うじて、微笑を保つ理性をキープしていた。
しかし、その理性も薄皮一枚の様なものである事を、彼女は自覚していた。
それでも、微笑むサキ。
感情に任せて、爆発する藍子とは違うところを、元也に見せたかった。

なんとも重い雰囲気の中、食事の音だけが、部屋に響く。
藍子とサキ、二人とも、相手がいないかの様に振舞う。
おかわりをするか、藍子は元也にだけ尋ねる。それを悪いと思った元也が、サキに尋ねる。

もう、お腹は一杯だったが、嫌がらせのために、サキはおかわりを頼んだ。
忌々しげに、サキのお皿を受け取ると、藍子は立ち上がり、サキと元也のお皿を持って、
キッチンへと向かう。

サキ「ねえ、元也君、気になってたんだけど、何で、藍子ちゃん、あなたより先に、ここに
   入る事が出来たの?」
藍子がいなくなったので、サキが元也に話し掛けた。
サキ「なんで、自分がいないとき、彼女が上がってたのに、驚かなかったの?」

元也「ええと、それは…」
言いよどむ元也。
毎朝、独りじゃ起きれないので、藍子に頼んで、起こしに来て貰うので、
合鍵を渡してあるからです。
とは言いづらい。

サキに、そんな、藍子に甘えてる事は知られたくなかった。
情けない、と、呆れられる事は嫌だった。

サキ「ねえ!なんでなのかしら!?」
語尾も荒く、元也に迫るサキ。

「だって、わたし、もとくんから、このおうちの、合鍵、もらってますから」

サキが声の方を見ると、藍子がカレー皿を手に、リビングに戻ってきてた。

藍子「これで、まいにち、まいあさ、もとくんを、起こしに、来るよう、
   もとくんに、頼まれてるの」

 

そう言って、カレーをテーブルの上に置くと、胸ポケットから、合鍵を取り出し、
サキの目に見せ付けた。
そして、口元をほころばせる。
今日、この家にサキが入ってから、初めて見せる、藍子の笑顔だ。
サキに対して、勝ち誇るかのように、言葉を続ける。

藍子「もとくん、小さい頃から、本当に小さい頃、幼稚園に入る前ぐらいから、ずっと、ずっと、
   朝が弱かったんです。だから、もう本当に、小さい頃から、毎朝、もとくんを起こしに行くのが、 
   私の朝の日課でした。
   もとくんの、お母さんでもなく、お父さんでもなく、私の仕事なの。
   幼稚園、小学校、中学校、それで今、高校に入っても、やっぱりもとくんは朝が弱くて、
   やっぱり、もとくんは、私が毎朝起こしてあげなくちゃ、ダメなんで、だから、私、今も
   毎朝、もとくんのおうち、もとくんのお部屋にまで行って、それで、毎朝起こしてるんです。
   きっと、今まで、休みの日でもない限り、私がもとくんを起こさなかった日は無いと思います。
   ううん、絶対にないわ。
   もとくんを起こして、もとくんが学校に行く仕度を済ますまで、もとくんのお母さんとお話
   して、もとくんの仕度がすむと、一緒に学校まで行くのが、もうずっと、ええと、十年以上
   続いています。
   いま、もとくんのお母さんとお父さんが、外国に行っちゃってるから、私、朝、おうちに入れなく
   なっちゃって、そしたらもとくん、毎日遅刻しちゃうんです。やっぱり、私がおこさないと、もとくん、
   ダメなんです。
   だから、もとくん、合鍵をくれました。私に、くれました。嬉しかった。毎日、起こしに行くって、
   もとくんと約束しました。
   毎朝、合鍵で、おうちに入って、もとくんを起こしてます。ちょっと、早めに行って、朝ご飯も
   用意してるの。もとくん、喜んでくれてるの。
   私の、頼まれた、ことなのよ!!!!!
   いいでしょ!!!!
   羨ましいでしょ!!!!!!」

元也「藍子!」
サキに噛み付くような勢いで話し続ける藍子を、制止させる元也。
元也「何言ってんだよ!
   サキさん、困ってるだろ!」

すいません、と、元也がサキに声をかける。
それさえもが気に入らない藍子が、
もとくん!!!!と大声を出す。

それを無視して、サキを見る。
元也と目が合うと、サキは、困った顔で、微笑んだ。

こんな時でも、微笑んでくれるサキに感謝しながら、元也は、そろそろ帰りますか?
送っていきます、と言った。
サキも頷いて、もう、帰った方がいいみたいね、と言った。

サキが、もう一度、藍子を見た。
その表情は、般若のようだった。人は、嫉妬で、こんな表情になるのかと改めて驚いた。
私も、こんな醜い表情をするのかしら?きっと、しちゃうんでしょうね。
そう思うと、胸に、収まらないほどの藍子への不快感があったが、それでも、自然と、
クスクスと笑みがこぼれた。


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