合鍵 第7回
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サキ「じゃあ、明日も来てくれる?
   やっぱ、誰かと食べた方が寂しくなくて、おいしいな」
元也「ありがたく、お邪魔さして貰います。
   ……先輩がそんなに寂しがり屋とは知りませんでしたよ」
意外そうに、元也が言った。
サキ「そう、私、寂しがり屋さんなの。構ってくれなかったら、寂しくて死んじゃうから。
   せいぜい可愛がってあげてね」
クスクスと笑いながらサキは答える。
元也「分かりました。その内、頭なでてあげますよ。
   ……じゃ、ご馳走様でした!」

元也を見送り、サキは家の中に戻る。
ふう、と一息つく。急に疲れを感じる。ガラにも無く、相当緊張していた様だ。

使ったお皿を洗いながら、今日の事を振り返る。
結構な量を作ったのだが、元也には丁度いい量だった様だ。
おいしい?と聞くと、おいしいです!と元気に答えてくれた。
ああ、そんな真っ直ぐ、笑顔で見られると、おねえさん、困っちゃうわ。

特に何も起こらなかった。そのことが残念のような、ホッとしたような、年上の私から
何かしなきゃいけなかったのだろうか、頭はグルグルと回っていた。

その時、目に付いたのは、元也が使っていたお箸だ。洗い物の手が止まる。
…ちょっと、舐めちゃおうか…
そんな事を思いついてしまった頭をブンブンと振る。
何考えてるのよ、私ってば。リコーダーをこっそり舐める小学生じゃあるまいし、
そんな事しない、しない!
そう心の中で言っても、何となくそのお箸を洗うのを後回しにする。

舐めた。舐めて、しゃぶってから、自分の行動のアホさ加減に顔が赤くなる。これじゃ、
まるっきり変態じゃないの。止めましょう、こんな事。
 
お皿洗いは終了した。
お箸をくわえたまま、キッチンから出てくる。

リビングの炬燵に座る前、引き出しを開け、写真アルバムを取り出し、炬燵の上に置く。
その中から、一枚取り出す。その写真に写っていたのは元也とサキの二人だった。美術部で校外写生に
行った時に撮られた物だ。元也の絵を覗き込んでいる時に撮られたおかげで、二人が寄り添い合ってる
様に見える。

その写真を見ながら、つい先程まで元也が居た所に座りこむ。
そして、彼の事を考える。

 

はじめは、ただ、絵が上手い子だなあ、とだけしか思ってはいなかった。とは言っても、
彼が絵で食っていける位の才能があるかまでは分からない。ただ、自分よりはずっと上手だった。

絵を描いている時の彼の表情は、真剣そのものだった。絵以外の事は目に入っていないようだ。
けど、ふと一息ついて、サキが後ろから覗いていることに声を出して驚き、その後笑いながら
挨拶をする、その時の表情のギャップがなんだか面白かった。

気が付くと、部活の時はいつも元也の側にいるようになった。

彼と一緒にいる時間が増えると、すぐに気が付いたことが有る。
毎朝一緒に登校して、毎日美術部が終わるまで待っていて、元也と一緒に帰る女の子のことだ。

「あの娘、だれ?」
と聞くと、幼馴染との事。まあ、付き合っては無いらしい。

よくよく見ると、本当にいつも一緒にいる。部室以外、例えば移動教室のとき、偶然会うときや
図書館にいる時とか、など。そういった時、元也の側にはいつも彼女がいた。

すこし、あきれた。私なら、あんないつも一緒にいられたら、鬱陶しく思っちゃうだろうな、
それとも、あーゆーのが、幼馴染ってモノなのかしら、と。

だから、昨日、珍しく一人で帰っていた元也に声をかけた。
「あら、元也君、おひとりなの?
 いつも着いてるあの娘はどうしたの?」
そう言うと、彼はいつも一緒にいる訳じゃないと答えた。
その答えが嬉しく、ついからかってしまった。
顔を赤くして、歩調を早める元也。
その反応が素直で可愛らしく思い、ついつい笑ってしまう。
そしてその日、一緒に御飯を食べた。そして今夜は自分の家で、自分の手料理をおいしいと言って
食べていた。

アルバムから取り出した、二人で写っている写真を写真立てに写す。
それを持って、くわえていたお箸を流しに放り込んでから、寝室に移動する。
今夜はいい夢が見られそうだ。元也君が出てきてくれるといいな、と思いながら、
彼女は横になった。


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