合鍵 第4回
[bottom]

藍子「…どうしたんだろ、もとくん、遅いな…
   せっかく、御飯、内緒で作って驚かせようと想ったのにな…」

そうポツリと呟きながら、藍子は今日の自分の行動を思い出し、顔を真っ赤にする。
あんな事をするつもりは、全く無かったのに……

話は昨日にさかのぼる。
昨日、彼女としては珍しく元也をおいて先に学校を後にした日、彼女が何をしていたかと
言うと、実は元也の家の食料品を買いに行っていたのだ。
合鍵を受け取ってから、毎日朝ご飯を作るようになり、色々と足りないものがあるのが
気になった。例えばインスタントコーヒーや塩、胡椒、いざという時の冷凍食品。
そういったものだ。
本当を言えば、元也と一緒に買い物に行きたかったのだが、彼を部活の後、連れ回すのは
気が引けたので、彼女は独りで買い物に行くことにした。

スーパーの袋を手に下げたまま、合鍵を使い、元也の、主のまだ帰ってきていない家に入る。
そのままキッチンへと向かう。手早く、馴れた手つきで物を収めてゆく。
荷物の中には、野菜や肉もあった。今晩、料理をするつもりだろう。

荷物も全てしまいきった後、藍子はリビングに出た。
一息つこうと、ソファーに向かった。そこに、元也のコートがほうりっ放しのまま
置かれていた。これではシワが付いてしまうだろうと、元也の部屋のクローゼットに
掛けに行った。

ドアを開け、元也の部屋に入り、コートを掛けた。
その時、はたと思った。そう言えば、この部屋にもとくんが居ない
状態ではいるのは、今までなかった、と。
そう気がつくと、急に落ち着かなくなった。
用も無いのだから、出て行かなくちゃ、とは思っても、藍子が出て行くそぶりは見えない。

本棚を見る。漫画と小説が同じ位ある。CDはサントラが多い。半年ほど前に流行った
アルバムがあった。
なんとなく、元也の椅子に座る。椅子をクルクルと回す。
ふと目に入った引き出しを開ける。結構綺麗に整理されてた。日記でもないかと思ったが、
そんな事しないであろうと、誰よりも知っていた。

ベットが目にとまる。毎朝あそこで元也が寝ているのを見ている。
時計を確かめる。まだ、元也の部活が終わる時間ではない。もう一度、時計を見る。
うん、大丈夫、まだもとくんは帰ってこない。

ゆっくりと、藍子は元也のベットに横になる。深く息を吸い込む。元也のにおいが感じられた。
毎日毎晩、彼がここで寝ていると思うと、全身がこそばゆく感じる。
二度三度と寝返りを打つ。
その時頭に閃くものがあった。たしか、こういうベットの下には……
あった。そういった本が。うわ、あ、ああ…
そうなの、もとくんは、こんなのが、こういったのが………
それで、こういったので、じぶんで、やちゃってるの、ね、

そう思うと、この写真の女の人に怒りが湧いてきた。マジックで塗りつぶしてやりたい。
切り裂いてやろうかしら、燃やしてやりたい、シュレッダーにかけたい。ガソリンを
つけて燃やしたい。

だが、それをしたら、さすがにもとくんが怒るかも、いや、そもそも、もとくんが悪いんだから、
胸に沸き立つ怒りをとりあえず押さえ、本を戻す。

布団を被り直す。元也のにおいを感じてる内に怒りが収まっていく。
その代わりに湧き上がってきたのは、ここで、元也が、そういったことをしていたという事に
対する微熱のような湿った感情だった。

ひょっとしたら、昨日も…ここで…?
そう思うと徐々に頭が茹って来る。顔が熱くなる。呼吸が大きくなる。

「ひゃん!」
じぶんの声に驚いた。気がつくと、セーラー服のスカートを捲り上げ、自分で触っていた。
無意識の自分の行動が信じられず、パニックになる。
混乱したまま、急いで部屋を出、そのままの勢いで元也の家からも飛び出した。

その日、料理するつもりで買っておいた食材のことを思い出したのは、自分のうちに
ついてからだった。


[top] [Back][list][Next: 合鍵 第5回]

合鍵 第4回 inserted by FC2 system