合鍵 第10回
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藍子「ねえ、明日は?明日は予定、無いでしょう?
   明日は私の御飯、食べてくれるよね?」
元也「予定は無いから…じゃあ、お願いするよ」
藍子「うん、分かった。絶対だよ!
   そうだ!指切りしましょう、指きり」
藍子がそう言うと、元也は少しあきれながらも、素直に小指を出してくれた。
小指を絡める。
その時、ふと、思った。
自分と元也は、この小指一本位で繋がっている程度なのではないだろうか、と。
そう思うと、足元が崩れていく様な、深い深い暗闇に飲み込まれていくような、そんな感覚に
襲われた。

その嫌な感情は、サキと会ってる事で元也の態度が微妙にかわった事を感じ取った
違和感が原因で湧き上がったものだ。しかし、藍子がそれを知る筈もなかった。

今朝の会話。
藍子「今日も晩御飯作っておくね、何がいい?」
元也「いや…今日はいいや」
藍子「え?…どうしたの?」
元也「それは、その、美術部の先輩と食べる約束しちゃってるんだ」
藍子「そっか、それじゃ、仕方ないや」

その時は、何とも思わなかった。残念だな、その程度だった。
しかし、時間が経過するごとに、何か違和感を感じ始めた。
元也が行ってしまうことが怖くなった。

不思議だった。今朝、元也を起こしに行くころは、とても幸せだった。抱っこの感触を
思い出すだけで、体が熱くなった。
それなのに、今、自分を支配しているのは、黒くて重い、寂寥感だった。

もとくんと一食、一緒に食べれないだけじゃないの、それに、明日は一緒に食べるって
約束したじゃない。
そうよ、明日は何作ろうか、もとくんの好きなシーフードカレーにしましょう、海老を
たっぷり入れて、隠し味にコーヒーとソースとミルクを入れて、
チーズを入れたサラダも出して、そうだ、ラッキョも忘れちゃだめよね。ラッキョが
無いと、もとくんコンビニまで買いにいっちゃうんだから。

明日の事を思い浮かべ、心を弾ませようとしても、上手くいかない。
なんで、こんなに心が沈んでしまったのか、分からない。

そうこうするうちに、自分の家に前にたどり着く。
門を開けようと手をかけたとこで、立ち止まる。そして、家の前を通り過ぎる。
それからほんの三分ほど更に歩いてから立ち止まったのは、元也の家の前だった。

 

今日は用事が無いのだから、立ち入る必要はない。
いや、用事が無いなら入ってはいけないだろう。いくら合鍵を渡されているとは言え、ここは
人の家なんだから。
そう思い、一度差し込んだ合鍵を抜いた。
しかし、この沈んだ心をどうにかするのは、自分の家よりも、この元也の家のような気がした。

元也の家に入る。だが、ここで自分が何をしたがっていたのか分からなくなり、途方に暮れる。
何か、することは?
辺りを見まわす。
もとくんのためにしてあげれることは?
ここに、わたしが、居ても、いい、理由に、なる、ものは?
なにか、なにか、なんでもいい、なんでもいいの!!ここに、ここにいてもいい理由!!!
半ばパニックになりつつ、そして泣きそうになりながら、藍子は元也の部屋へと駆け込む。

目に付いたのは、元也のベット。
それと彼が着ていた寝巻き。トレーナーとジャージ。
それを見つけると、泣きながら、セーラー服を脱いだ。
そして、涙をすすりながら、元也の寝巻きを着込んだ。
ベットに横になる。
そして、昨日と同じ様に、昨日より乱暴に自分で触り始める。

何度か、果てた。
元也の寝巻きも、自分の汗でぐっしょりとしている。
しかし、昨日のような陶酔感はまるで無かった。
むしろ、すればするほど、元也の不在感が強くなる。
それでも彼女は、この方法以外、この寂しさを埋める手段が思いつかなかった。
元也の名を、泣きながら囁き続け、彼女は、自分を触り続けた。

どうしようも無かった。
汗をつけてしまった元也の寝巻きを持ち帰る。
どうしようも無い寂しさを胸に抱き、泣きながら、彼女は家に帰っていった。
明日には、この気持ちが治っていますように。
そう祈りながら、彼女は今夜、眠りにつく。


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