River of Tears 第5回
[bottom]

 ぼんやりと教室から外を眺めながら、つい昨日先輩に甘噛みされた耳をかいている。
 悪ふざけ――だよな。いつもお姉ちゃんだって言って抱きついてくるし――
 いや、待て。赤井先輩ってオレ以外に誰か抱きついている人っていたっけ?
 ――いない。少なくともオレの知る限り一人もいない。
 だから佐藤先輩はオレ達が付き合っていると思ってた。
 先輩、オレの事好きなのかな――自然とそんな考えに行き着く。
 弟というのは、遠まわしにそういう関係になってくれと言っているのかな。
 オレは――どうなんだろう。少なくとも嫌いじゃない。
「――ユウ君、じゃあ明日ね」可奈がなんか言っている。
「んー……」
 無駄に唸ってみる。
 恋愛対象として意識し始めたせいか、先輩に初めて抱きつかれた時の記憶が頭によぎっていた。
 あの時は照れと恥ずかしさで一杯だった。しかし連日のようにやられて、いい加減なれてたはずだ。
 でも今日抱きつかれた時は初めての時の感覚だった。
 オレは好き――かもしれない。
「聞いている?」
 気がつくと広子の少し怒った顔が目の前にあった。
「え、なにが」
 全く聞いていない。
「可奈と一緒に服とか買いに行くから付き合ってってさっきから言ってるんだけど」
「オレ別に服なんていらねえし――」
 正直服は事足りてる。人からは地味だとかダサイとか言われているが十分だ。
「あんたのじゃなくて、あたし達の!」
「……だから何で?」
「荷物持ち兼虫除け」
 広子がさらりと言う。虫除けって事は男避けか。
「あー、お前なら大丈夫。お前がズボン穿いとけば問題ないだろ」
 それを聞いて可奈は苦笑を漏らしている。
 広子は女の子にしては背が高い方なのに、それに反比例する胸。短い髪に、男っぽい感じもする顔。
 自分の記憶では中学時代で少なくとも二回は男に間違われた記憶がある。
「なにか言い残すことあるなら聞くけど」
 あれ、オレの首に何故広子の両手があるんでしょうか。
 心なしか、その手に力が感じられるのは何故でしょうか。
「可奈、待ち合わせ場所どこだ?」
 目の前の顔を見ないように可奈に尋ねていた。

 

「おい、ユウ。ちょっといいか」
 いつも通り授業は終わり、可奈と帰ろうとした時、クラスメイトの村上に呼び止められていた。
「ん、なんだ」
 村上は可奈の方をちょっと見た後、二人きりで話したいといってきた。
「どうせすぐ終るって」
 心配そうな可奈にそう声をかけてやった。

 男子トイレの中。アンモニア臭に混じってニコチンの匂いがしていた。
「愛の告白なら手短にな」
「いや、違う――いや半分そうか」村上は少し照れていた。
 冗談のつもりで言ったのに。
 体が勝手に二歩ほど引いていた。今まで知らなかったけど、そんな趣味があったのか。
 これでも一年ちょっと前まで空手をやってた身だ。手がかってに上がり構えていた。
「オレ、同性愛の趣味ないからな」
 構えながらも、きっちり自分の意思表示を出した。
「いや、そうじゃなくて……香川のことなんだけど」村上はボソボソと喋っていた。
「ん? 広子がどうかしたのか」
「……お前と仲いいよな」
「まあ、一応――ああ、そうか」
 こいつ、あいつの事の好きなのか。勝手に納得して一人で大きく頭縦に振った。
「付き合っている人とか好きな人いるとか、そういうの知らないかな」
 物心つく前から一緒に遊んだ仲だが、今はよく知らないところがある。
 陸上部の友達とかになると殆どわかんないし。
 ――まあ、下ネタどころか恋愛絡みの話でする赤面する性格だから
 付き合っている奴なんていないと思うが。
「――ん、その辺よく知らないから今度聞いとく」
 あんな奴でも好きなってくれる人がいるんだな。そう思うと自然に顔に笑みがこぼれていた。
 オレは先輩が好きなのかな――自然と耳をかいていた。

「ユウ君早く帰ろう」
 トイレの直ぐ前で心配そうな顔して可奈は待っていた。
「悪い、もう一つ用事あったの思い出した。こっちは直ぐ終るから」
 先輩から昨日借りた傘、わざわざ学校まで持ってきていたのに放課後になるまで返すの忘れていた。

「赤井先輩います?」
 アニソンをBGMに流れているSF研の部室を覗いてみるが先輩の姿が見当たらない。
「今日はドラマ再放送のビデオ録画忘れたからってさっさと帰ったぞ」
「そうッスか」
 家まで傘持っていかなきゃ駄目か。まあいいか、そんなに距離あるわけじゃないし。
「悪い、可奈。帰りに寄るとこが出来た」

 先輩の家には傘返しにきただけなのに、何故か家に上げられて、
 コーヒー出されて一緒にドラマの再放送を見た。
 ついでにドラマが終った後も先輩とペチャクチャと喋っている。
 オレやっぱり先輩好きなのにかな――いつもと同じように喋っているはずなのに
 やっぱり昨日のことがあるせいか意識してしまう。
 お互い気が会う方だとは思う。
 ――先輩はどう思っているのかな。

 トイレに行った際、ある匂いで掛けられているものに気がついた――ドライフラワーだ。
「――ほら、女の子はもっと笑った顔して」
 居間に戻ってくると先輩が可奈に何やら言っている。
 そういやオレと先輩ばかり喋っていて可奈が蚊帳の外だった。
 そういえば、この前来た時にはあまり意識していなかったが、
 部屋のあちらこちらにドライフラワーが飾られている。
「ドライフラワー好きでしょ?」
「いえ、別に――」
 ドライフラワーに目が言っていたのに気がついたのか、先輩が楽しげに問いかけてきていた。
「ヨウちゃんは結構好きだったんだけどなあ……」心底残念そうな声だ。
 正直花はともかくドライフラワーってのは好きにはなれない。
 瑞々しさが全くない。実を結ぶこともなければ散ることも許されず、
 ただゆっくりと朽ちていくだけの存在。

「ねえ早く帰ろうよ」耳元でオレに聞こえるだけの声で可奈がそっと囁く。
 さっき先輩と話している可奈は正直楽しそうな顔ではなかった。先輩が苦手なのかな、こいつ。
「あ、先輩。オレ達そろそろ帰るんで」
 あんまり無理矢理付き合わせるのも悪い気がしてきたので、そろそろ切り上げることにした。
「じゃあ、ユウちゃん、また遊びに来てね」
 いつもの笑顔だ。この顔は好き――かもしれない。
「んじゃ、また遊びに来ます」

「なあ、お前、ひょっとして先輩苦手?」
 帰り道に先ほどの考えを可奈にぶつけてみる。
 可奈はその問いに小さく頷いた。
 先輩って嫌われるタイプとは思わない。
 でも可奈みたいに内気な人間にとっては馴れ馴れし過ぎるのが苦手なのかもしれない。
 なんか、こいつに悪いことした気になっていた。
 ――でも、また先輩の家に遊びに行きたいな。


[top] [Back][list][Next: River of Tears 第6回]

River of Tears 第5回 inserted by FC2 system