River of Tears 第2回
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 別にそういう関係とかじゃないよな――オレ達。
 喫茶店を出てから半ば無意識で口元を隠していた。
 キス――だよな。唇の感触はあった。こいつって冗談でそんなことするような奴だったか。
 ――冗談か?
 違う。昔から知っている可奈は内気な方で、広子ほどじゃないにしても奥手な方で――
 可奈の方を向けば少し恥ずかしそうな笑みを浮かべる。一方の手は相変わらず勝手に繋がれていた。
 結局考えても結露には行き着きそうにないので思考を打ち切ることにした。
「じゃあ明日もお願いね」彼女はやはり少し恥ずかしそうに笑っている。
「――ああ」
 可奈の家の前でそういって別れた。

 

 今朝、迎えにいったが彼女は昨日の事を何一つ言わなかった。以前と同じように話しかけてくる。
ただ、手を繋いで歩いて、電車の中で抱きつかれていることを除けば。
 彼女も普通に接しているのだから、それに自分も合わせることにした――心に妙な引っかかりが残っていたが。

 昨日のキスはなんだったんだろう。昨日考えるを止めたはずの問題が再び頭を支配しようとしていた。
退屈な授業中ずっと可奈の背中を見ながら考えてみた。もちろん答えなど出なかった。
 授業に集中していようが寝ていようが時間は流れる。そうして時計と鐘は昼を告げていた。
「じゃ、オレ、パン買に言ってくるから」そういっていつもと同じように外にでようとしていた。
「ちょっと待って」
 既に歩き出そうとしていたところを可奈に呼び止められた。
「えーと、これ。昨日のお礼というか……お母さんから……」
 恥ずかしそうに目の前に一つ余分に弁当箱が出されていた。
「オレの?」
「――うん」
 食費が浮くので断ることもない、素直におばさんの好意は受け取ることにした。
 広子達と三人で机を並べる。そういえばこういう風に一緒に食べるなんて随分久しぶりのことが気がする。
 弁当箱を開ける塩の匂いがした。唐揚げを一つ口に放り込んでみる。
 ――塩辛い。超をつけていいぐらい塩辛い。
 自分は味にうるさい人間ではない。むしろいい加減な方な人間だと思っている、がこれは塩が多すぎる。
「なあ、オレを成人病にでもしたいのか?」
「それ弁当もらってて言う言葉?」一緒に机を並べていた広子が口を挟む。
「じゃあ、一口食ってから言え」
 広子の前へ塩弁当を差し出す。。
「――ごめん、フォロー無理」
 広子も一口で塩弁当に敗北し、お茶を買いに出て行った。
「でも、ユウ君、前に甘いの駄目だって……」
「味は普通でいいんだって。人間の食い物じゃないぞ。ためしにお前も食ってみろって」
 可奈の方へ塩弁当を差し出す。恐る恐る箸を伸ばし、口へと運んでいった
「……ごめん、私ちゃんと味見してなかった」
 そういいながら可奈の瞳には涙が溜まっていた。そして静かに泣き出していた。
 ――なんか気まずい。
 なぜかクラスメイト達の視線が痛い。
「なんで泣かせているんだ?」
 そんなヒソヒソ声が耳に入ってくる。
 ――今オレ悪者になっているのかもしれない。
 クソ!ヤケだ、
 諸悪の根源であるべき塩弁当を処分すべく一気に口に放り込む。口の中がヒリヒリする。
ご飯まで十二分に塩が利いている。口の中で漬物が作れそうな気がしてきた。
 空になった弁当箱を叩きつけるように置き、塩分濃度が限界にまで達した口の中をどうにかすべく
教室を飛び出そうとしたところに広子がいた。都合よく手にはお茶のペットボトルを持っている。
「一大事だからよこせ」
 それだけ言って広子の持っていたお茶をひったくって一気に口内に流し込む。
 少しだけ口の中が落ち着く。
「助かった」
 空になってしまったペットボトルを返そうとしたら広子は顔を紅潮させ俯いていた。
「ん?どうした?」
「間接キス――」
 確かに空けた時、抵抗はなかた気がする・
「まあ、気にするなって」そういって笑いながら軽く広子の肩を叩く。
「私は――するわよ」
 相変わらず彼女の顔は赤かった。

 

 口の中の塩漬け感は放課後になっても残ったままだった。
 広子のお茶以後、何度も口をゆすいだが抜けきることはなかった。
 昨日同様、可奈と一緒に帰路につこうと校門へ向かっていた。
「ユウちゃーん」後ろから抱きつかれた。
 先輩だ。いいかげんコレは止めて欲しいと何度も言っているが今に至る。
 無駄になれしまった手つきで先輩の体を引き剥がす。
「じゃあ、今から一緒に行こうか」いつもの人の良さそうな笑顔で部室へ誘っていた。
「いや、今からコイツ家に送っていかないといけないんで、今日は無理です」
 そう言って隣の可奈を指そうとしていたら――いない。あわてて周りを見渡したら自分の背中に隠れるようにいた。
「よろしくね」先輩は相変わらずにこやかな顔のまま可奈に挨拶した。
 一方可奈は恥ずかしいのか、小さな子供のように黙って俯いた。
「おい、可奈――。すみませんね先輩。コイツ昔から人見知りするトコあって――」しかたなく頭を下げる。
「いいって、いいって。――ところでその子が前言っていた子?」
「ええ、まあ」
「ふうん、一緒に遊べないの残念だけど、ちゃんと送っていくのよ」
「はーいっと」
 オレ達二人を見送る先輩のは本当に残念そうな顔だった。

 電車の中はさほど混んでもいないのに、やはり可奈に抱きつかれていた。
「ユウ君――」
「なんだ」
 抱きついたまま上目づかいで名前を呼んで来た。
「……ずっとこうしてくれるよね」
「まあな――おばさんにも頼まれているし」
 可奈は顔を俯けた後、その日は家につくまで何も言わなかった。

|> とりあえず現状維持
  「そろそろ一人で大丈夫じゃない?」
  「明日はチキンブロスがいいな……」


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