姉貴と恋人 裏 第7回
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「久しぶりね」
 いつもの喫茶店。一ヶ月ぶりの再会に思わず頬が緩む。
「ああ、最近姉貴が厳しくってさ」
 麻妃は黙った。
「ん? どうしたんだ、麻妃」
 沈黙が続く。
 なんだ?
「なあ、麻妃。なにか――」
「その、何か言われた? お姉さんから」
「……どういう意味だ?」
 麻妃はじっと見つめてきて、それから目を逸らした。
「……あの、実は言わないといけないことがあって」
 彼女はうつむいた。
「あなたがされてたことを私が知ってるって、お姉さんに言ってしまったの」
「……なんでだ」
「ごめんなさい。迂闊だった」
 続く言葉はない。
「そっか……だけど、今のところ姉貴からそういう話は聞いていない。でも、
どうして何も言ってこないんだろうな」
 その問いに、麻妃はためらいがちに答えた。
「きっと、隆史のことを信じているんだと思う……」
「え?」
「言ってたの。『タカがそんなこと言うはずない』って」
 姉貴が、そう言ってたのか。
 戸惑いが顔に出たのか、麻妃は眉を寄せた。
「その、隆史がお姉さんのことを嫌いになれないのは分かる。だけど、」
「分かってる」
 麻妃はじっと見つめてきた。
「……言うの?」
「ああ。俺から言わないと、終わらない」
「本当に、それで終わるの?」
「終わらせないと」
 その言葉に対して、何か言いたげに麻妃の唇が開いたり閉じたりし、最後に
ぴったりと閉じてしまった。
 昼下がりの喫茶店は空気が重かった。

「あ、ねき……くっ」
「はぁっ、はぁっ、……なに、タカ……っ」
 ギシギシと鳴るベッド。
 俺の上で跳ねる姉貴。
「どうしっ、たんだよ……急、に……」
 喫茶店から帰り玄関を開けると、そのままベッドまで連行されて押し倒され
た。今までにない性急さだった。
 姉貴は答えず、逆に問いかけてくる。
「……私、はっ、タカの、ものよ……っだから、タカ、だって……わたし、の
ものっ……そう、よねっ?」
 快感が背筋を貫き、怖気を誘うほど気持ちいい。
「ああ、そう、だね……」
 熱くきつく締められ、言葉すら自由にならない。
 麻妃の顔が浮かび、消える。
「あぁ……あは……うん、そうよ……タカはっ……わたし、のものよっ」
 キュウ、と締め付けられる。
「うぁ……」
 陶然と微笑む姉貴。
 自然と両手をのばし、がっちりと組んだ。
 しっとりと柔らかい姉貴の手の平。それだけで、体中が震え立つ。
 ああ、まずいな……。
 分かっていても、止められなかった。

「私、あなたを信じていいのよね」
 唐突に、麻妃は言った。
 図書館の書架の間で、抱き合いながら。
「えっ? あ、ああ、信じてくれ。俺はもう、麻妃だけだから」
 きっと不安になったのだろう。喫茶店で「言う」と言ってから二週間も経っ
てしまったから。
「でも、抱いてるんでしょ」
「……それは、」
「いいの。分かってるから。今の状況であなたが拒んだら、ややこしくなるっ
てことくらい。……ただ」
「ただ?」
「このまま時間が経って、本気にならないか心配なのよ……あっ」
 美しい腰のラインに手を滑らせる。彼女の弱いところは分かっていた。
「……ん、ふ……あ……怒ったの?」
 上気していく顔。そのまま背中も脇腹も撫でさすり、首筋にも悪戯する。
「あ……ん、別に、隆史を信用してないっ……訳じゃ、ないの……ぁ……」
 無言で弄り続ける。
 乱暴にならないように……いや、滅茶苦茶にしてしまおうか。
「でも……あっ、う……ずっと離れていると、ぁ……やっ……心配に、なるの、分かるでしょ?」
 彼女の腰が揺れ動く。ごくりと喉が鳴った。
「こうされるの、好きだよな」
 背筋をすっとなぞり、同時にギュッと強く抱き締めつつ、うなじにキスする。
「はぁっ……あ、あ、やっ! ちょっ、それ以上は、だめ、いや、待ってっ…
…ひっ」
 荒い息を押さえず、そのまま首筋に当てる。ガクガクと足を振るわせ、麻妃
はしがみついてくる。

「やぁ、こんな、もう止めてよ……いや、あぅ……ひゃうっ……」
 そんな彼女が愛しくて、ギュッと、更に強く抱き締める。
「うぁっ……あ、そんな、強く抱かれると……ひゃんっ!」
 秘部をジーンズ越しに撫でる。その刺激だけでも今の麻妃には充分だったよ
うだ。
「あ、やだ、もう、だめ、っ……あ……――!」
 やがて極まったのか、麻妃は俺のシャツを噛み、僅かな声と共に身体を何度
も震わせた。
「っはぁ……はぁ、はぁ、はぁっ……」
 ピンク色に染まった頬、とろんとした瞳、温かくなった身体。
 全てが愛しい。
「相変わらずだな」
 ジロッと恨みがましく睨まれる。
「はぁ、はぁ……酷い」
 ズキン、と痛みが走る。やってしまった。
「あ、その……悪かった。でも、ずっとしてなかったから、つい」
「つい、で私の身体を?」
「……悪かった、本当に」
 頭をさげる。
 沈黙。
 後悔が押し寄せる。いくらなんでも、やりすぎた――。
「……くっ、くすくす、あは、あははははっ……」
「え?」
 頭上から聞こえてくる面白そうな笑い声。顔をあげて見れば、口を手で押さ
えていた。
「ごめんごめん、ちょっと強引だったから、文句を言ってみただけ」
「……怒ってない?」
「怒ってる。でも、嫌じゃなかったから」
 どこか気だるげな口調だった。
「あ、その、ごめん」
「うん、許してあげる。その代わり……」
「その代わり?」
 麻妃は一瞬ためらい、続けた。
「私と隆史のことを、お姉さんにちゃんと言ってね」
「あ……」
「ごめんなさい、ずるいタイミングで。でも、もう私……つらくて」
 よく見れば瞳は潤み、今にも涙がこぼれそうだった。
「分かってる。ただ……」
「お姉さんを傷つけたくない?」
 頷きたかった。でも、できなかった。
「……ごめんなさい、さっきからずるいことばっかり言ってる」
「いや、俺の方こそ」
 きゅっとしがみついてくる麻妃。
 不安そうな姿に、胸が痛んだ。
「……言うよ」
 麻妃は何も言わない。
「今度こそ言う。だから、麻妃も一緒に来てくれないか」
「……一緒に?」
「ああ……。情けない話だけど、俺一人じゃまた先延ばししそうだから」
「……分かった。いつ?」
「そうだな……明日にしよう」
「早いね」
 俺の胸に直接囁くように、麻妃は言った。
「今まで待たせてきたから……それに、俺と姉貴と麻妃、三人揃って時間が取
れるのは明日が一番近いんだ」
「うん、分かった」
 麻妃の声は静かだった。

 全ての話を終え、俺と麻妃はもう一度頭をさげた。
 これで認めてもらえなければ、二人でどこか遠くへ。
 様々な確執の残るこの地ではもう暮らせない。姉貴も心穏やかではいられな
いだろう。
 今のところ、そうなる公算が高そうだが――
 そこまで思ったところで、姉貴の声がした。
「分かった、そこまで言うなら……もう、私にはどうすることもできない」
 ――えっ?
「姉貴、それって」
「分からなかったの? 私が身を引くって言ったの」
「ほ、本当か?」
 信じられない。いや、ありがたいんだが、それでも信じられなかった。あの
姉貴が?
「そうよ。何度も言わせないで」
「あ……うん。ありがとう。本当にありがとう」
「本当に、ありがとうございます――」
 横目で見た麻妃は、涙を流していた。

 その夜。姉貴の提案によって麻妃は俺の家に泊まることになった。
 一度認めてからの姉貴はまるで別人のように手厚く持てなし、豪華な夕食と
なった。
 俺と麻妃は初めこそ困惑したものの、その日を終える頃にはすっかり確執は
なくなったように見えた。
 そう、見えた。
「それにしても、お姉さんには本当に感謝しないと」
 布団に入って、麻妃は言った。普段は使わない客間は少し埃っぽかったが、
仕方ない。
「そうだな。まさかあんなにあっさりいくとは思わなかった」
「うん。……いろいろあったけど、最後に幸せに終わって良かった」
「何言ってんだ。俺たちはこれからもっと幸せになるんだろ」
「ふふ……そうね」
「子供は何人がいいかな」
「もう、気が早過ぎよ」
「あはは……」
「くすくす……」
「じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみ」
 一緒に寝られないのは残念だが、姉貴のことを考えれば仕方ない。
 明日からは、麻妃と普通に会える。
 それだけで充分幸せだ。

 十七日午前二時二三分頃、埼玉県○○市の民家で、○○大学の学生岸本あか
ね(21)、岸本隆史(21)、進藤麻妃(20)、計三人の遺体が見つかっ
た。死因は頸動脈切断による出血多量とみられ、遺体の近くには被害者の血痕
の付いた包丁が落ちていた。凶器と見られる包丁には岸本あかねの指紋が付着
しており、また犯人自ら通報があったことなどから、県警は、岸本あかねが被
害者の二人を刺殺したのち、自ら命を絶ったものとして捜査している。しかし、
遺体に争った形跡は見られないという。岸本あかねと岸本隆史は姉弟で、二人
暮らしをしていた。

 了


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