姉貴と恋人 前編 第3回
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もともと、姉貴は俺と同じT大学で学んでいた。イギリスのM大学に一年の短期留学に行ったのが去年の夏。
ずっと一緒だと思っていた姉貴がどこかへ旅立っていくのは淋しくまた辛かったが、周囲から散々シスコン呼ばわり
されてきた自分を変えようと思ったのもその時からだった。
しかし、俺はひとりが不安だった。誰か側にいて欲しかった。
そこに現れたのが麻妃だった。
彼女は強烈だった。姉に負けるとも劣らないキャラクターを持っていた。それでいて他を圧倒するようなことはなく、
うまく目立たない方法も知っているようだった。
俺は彼女に興味を持った。
しかしそれは、今から思えば、やはり彼女の言葉通り「姉の代わり」だったのかも知れない。少なくとも最初のうちは。
利用しようと思ったことはないが、きっと誰でもよかったのだろう。寂しさを埋めてくれる人が欲しかったのだ。
だがそれは、彼女と話をし、遊びに行くごとに変わっていった。
麻妃は姉貴ではなかった。姉貴の代わりでもなかった。俺は姉貴に抱いたことのない感情を彼女に抱き始めた。
純粋に隣にいたい、彼女の姿を眺めていたい、彼女に微笑みかけていたい。
彼女は不安を埋めてくれる存在ではなく、俺が何かをしてあげたいと思える存在になっていた。
それから、俺たちはよく一緒にいるようになった。決して付き合っている訳ではなく、ただ隣にいるのが心地いい関係。
他愛のないことで互いの家を行ったり来たり。ビデオを見るとか、ノートを写すとか、なんとなく暇だとか。
そう言えば、以前麻妃が「何も言わずにすぐに来て、お願い」なんて思わせぶりなセリフを吐いたことがあった。
あの麻妃に一体なにが起こったのか。俺は全速力で麻妃のアパートへ向かった。
そしてそこで見た光景は、凄まじい臭いと煙が立ちこめる、修羅場と化したキッチンだった――なんてこともあった。
楽しかった。
それが唐突に失われることなど、誰が想像し得たろうか。
しかも、実の姉によって。半ば自らの意思で。
久しぶりに姉貴に会えた。その喜びや安心の方が、麻妃との他愛ない楽しみより大切に見えた。そういうことなんだろう。
だが、あの時の俺は正しかったのだろうか。
分からない。

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