姉貴と恋人 前編 第2回
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「ただいま」
 ようやく帰ってきたようだ。むこうから持ってきたプレゼント、予定は少し変わったけれど早く渡さないと。
「おかえり。ねえ、タカ。約束覚えてる?」
 言った途端、タカはそっぽを向いた。覚えているようだ。
「ターカ。どうなの」
 身体を寄せて、囁きかける。
「えっと、あれはその、別れる勢いで言ってしまったというか」
 勢いでも何でも、約束は約束だ。
「そ、それに! 姉貴、プレゼントなんて……って、あるのか!?」
 タカは口の中で、あのいい加減な姉貴が……なんて言っている。このやろ。
「私のしたいこと、なんでもしてくれるって言ったよね」
 日本に戻る時のお楽しみが欲しい。そう言って約束を持ちかけたのだ。タカは笑って
『イギリス土産をくれたら、なんでもしてあげるよ』と言った。私は今まで土産というものを
買ったことがなかったから、タカも本気にはしていなかったのだろう。他愛ない約束だったけど、
あの女が現れた今は揺さぶる材料になるかも知れない。
「言ったけど……分かった、分かったよ。何をすればいいんだ」
 タカは、ちょっと睨んだだけで了承してしまった。
 物分かりのいいところは変わっていない。こんな風にいい子だから、他の女も寄ってくるのだ。
「そうねえ、デートして」
 タカはびくっと身体を跳ねさせた。ふふ、驚いてる驚いてる。
「な、デートって……待てよ、俺たち姉弟だぞ」
「確かに、姉弟で結婚してはいけない法律はあるけれど」
「待って、もう俺たち大学生なんだから、いや、年齢とか関係なく、その、とにかく駄目だ!」
「好きよ、タカ」
 息を呑む音が聞こえた。時が止まる。
「ねえ、タカ」
 甘く囁きながら、タカの身体を拘束していく。タカはたいした抵抗もせず、私のなすがままだった。
 そして、唇を近づける。
「ちょっと姉貴、まずいって」
 唇まであと1センチというところでタカは震える声で言った。私は吐息を漏らして微笑んだ。
「好きよ」
 胸が高鳴る。いつか思い描いた夢が、目の前にある。この状況を招いた原因が別の女だというのは
気にくわないけれど、今はどうでもよかった。
「タカ――」
 そして私は、タカに口づけした。タカは抵抗しなかった。
「タカ、私のこと、好き?」
 とどめとばかりに甘く囁く。タカは熱にうかされたような顔で、ああ、と頷いた。
 その夜、私達は繋がった。

「隆史、最近どうしたの? どうして私を避けるの」
 大学の講義の空き時間に、私は隆史をカフェに呼び出した。
「別に、そんなつもりはない」
「嘘言わないで。どうして。私が何かしたの?」
 特別思い当たることはない。だが、気付かないところで傷つけていたなら謝ろうと思った。
「麻妃のせいじゃない。違うんだ」
「じゃあなんで? 理由を教えて」
 隆史は押し黙った。
「どうして教えてくれないの」
「……すまん」
 まるで全てを拒絶するかのような態度。
 恐い。このまま引き下がったら、もうずっとこのままのような気がした。
 言うしかない。
「ねえ、その、私あなたのこと、その――」
 好きだから。一緒にいたいから。教えて。
「それ以上言わないでくれ」
 しかし隆史は、全てを言う前に私を遮った。
「あ――」
 そう。そういうこと。わたしは始めから関係なかったんだ。
 私みたいな他人に話せるような内容じゃないんだね。
 そう思った瞬間、私は泣いていることに気付いた。
「……すまない」
 隆史はそう言って、私の前から去っていった。

「どうしたのタカ。落ち込んでるみたいだけど」
 帰ってきてから、タカはずっとふさぎ込んだままだ。
「姉貴。俺たち、これでいいのか」
 何を今更。
「当然よ。いいに決まってるじゃない。好きなもの同士が好きあってて何が悪いの」
 その言葉を聞いて、タカは顔をあげた。
「俺はさ、姉貴のこと好きだよ」
 や、やだ。急に言われると照れる。
「でもな、家族として好きなのか、異性として好きなのか分からない所もある」
「どっちにしても、私のことを好きでいてくれるなら」
 私は後ろから抱き付いた。
「それでいいわよ――」
 口づけを交わす。隆史は僅かにうつむいたけれど、抵抗はしなかった。
「そっか。そうだな」
 頷き、今度は隆史から唇を近づけたところで。
 ピンポーン。来客だ。でも今は、そんなのに応対するような気分じゃない。
「居留守しましょ」
「……ああ」
 私達はそのまま互いの身体をまさぐり始めた――。

「あ、あ……そこっ、タカっ」
 ソファの上で、私はタカに覆い被さっていた。目の前には立派なモノがあり、私の唾液で濡れている。
「あ、あねきっ……」
 再びくわえると、絞り出すような声がアソコに響いた。思わずじゅんとなって、腰をタカの顔に押しつける。
「ん、んんっ! 姉貴の匂いがするよ……」
 恥ずかしいけれど、嬉しい。
 タカが私を求め、腰を突き上げてきた。口の中を、喉奥まで犯される。
「んぐっ!? んん……」
 苦しい……けれど、それが愛しい。こんなに私を好きでいてくれる。
 視界が涙で歪んでいるけれど、口の中の感触だけがあれば何も困ることはなかった。
「あ、姉貴、大丈夫か? うっ……」
 答える代わりに思い切り吸い上げる。
 すると、タカも私の中に舌を差し込んで――。
「あっ、いいよ……そこ……」
 うっとりとしてしまって、瞳を閉じる。
 お返ししなくちゃ――そう思った瞬間。
「っっ、なんなのよコレッ!!!!!!!!!!」
「なっ!? え、あ、あなた……」
「うわっ!? え、一体何が――」
 そこには、あの女、進藤麻妃が立っていた。その手はバッグを握りしめ、ぶるぶると震えていた。
 見開かれた目は涙に濡れ、眉はつり上がって、口は恐ろしいほどに歪んで、まるで般若のようだった。
「ふざけないでっ!! 何よ、すまないじゃないわよ! 何でこんなことになってるの!? 私はいったい
何だったのよ!! 私なんか、姉に手を出すほど価値のない女だったの!!?? 今まで優しくしてくれたのは、
今まで遊んでくれたのは、姉の代わりだったっていうの!!?? ねえ隆史っ!!! 答えてよ!! 答えてよぉっ!!!!!」
 いっきにまくしたてて、はあはあと荒く息をつく。
 私達はとりあえず手近にあった服で局部を隠してから、今にも掴みかかりそうな進藤と相対した。
 その瞳は血走り、髪が逆立つような怒りをありありと表していた。
「その、」
「待って」
 口を開こうとする隆史を制する。隆史は優しいから、余計なことまで言いかねない。ここは私が。
「進藤さん、何でそんなに怒ってるのよ」
「あなたは黙って!! 私は隆史に訊いてるのよ!!」
「黙らないわ。あなたにタカを責める理由があるの?」
「ある!! 姉に手を出すなんて、責められて当然でしょ!!」
「でも、あなたがここまで怒る理由にはならない。違うかしら」
 進藤がひるんだ。
「で、でも!! その、隆史が……勝手に」
「勝手に? タカはあなたの何? 恋人でも何でもないんでしょう? だったら、タカが誰と何しようと――」
 タカを抱き寄せる。
「あなたには関係ないんじゃないかしら」
「っ!! このっ!!」
 彼女はその手にあったバッグをこちらへ投げつけようとして、止まった。
「そっか、そうよね……」
 ぼそぼそと呟いて、彼女はその手にあったバッグの中身を足元へ落としていった。マグカップ、タオル、シャーペン、
その他多くの雑多なモノが床に広がった。
「それは一体?」
 私が訊ねると、生気のない目で「隆史のです」と答えた。
「じゃあね、隆史。短い間だったけどちょっと楽しかったよ」
 その言葉に、腕の中のタカが震えた。
 まだ、油断できないのかも知れない。


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