春の嵐 その3
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合格発表から数日後の夕暮れ時、私は一軒の焼き肉屋の前に立っていた。
油で汚れ気味の窓ガラス、色あせたビニール製の日よけ、どことなく汚れた茶色の外壁。
普段ならあまり入りたくもない外観のこの店に、今日ばかりは嬉しさと期

待を感じていた。
扉を押して入ろうとしたとき、岩崎さんと私の名前を呼ぶ声が聞こえ、私は振り返った。
「……曽我君……」
私は嬉しくて思わず立ち止まってしまう。曽我君がすこし怪訝な顔をしながら扉を開けて入っていったので、
あわてて後に続いて入った。

焼き肉屋は私達によって貸し切りになっていた。
「こらそこ、まだ肉を焼くな。……俺の挨拶ぐらいは聞いておけ」
「先生ー、腹減ったぁ!」
ちゃちゃが入ったのにも動じず、でっぷり太った初老の男性……塾の塾長先生は

続けた。
「わかったわかった。手短に行くぞ」
咳払いを一つして立ち上がる。
「諸君、合格おめでとう! 我が塾からは第1志望校は25人が合格して、おまえ達のがんばりが
見事に形となって現れた。ほんとうにめでたい!」

その野太い声でのお祝いの言葉に、私達は歓声と拍手で応えた。
「そう言うわけで今日は祝勝会だ。思いっきり食べろ! ただしアルコールはだめだぞ」
どっと笑いが起こる。
「よしおまえら、グラスは持ったか? ……それでは、合格を祝して、かんぱーい!」

唱和する声が店内に響き、私達はグラスをぶつけあった。
男子達は待ちきれずにお肉を焼き始める。もっとも私達だってわいわい
言いながらお肉を並べ始めたのだけど。


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