春の嵐 その2
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「ああ、塾の知り合いだよ。岩崎……えーと」
「……美緒です。名前、覚えてくれてなかったんだ」
 岩崎って子の顔が少し曇る。直人、そんな名前覚えなくていいから。
「ごめん、ごめん。……紹介するよ。こいつ梶原陽子。幼稚園からの腐れ縁。もうどろどろに腐って糸がねばーって……」
 なんか馬鹿にされているような気がしたから、直人の頭をぐりぐりとしてやった。
「直人ぉ、そんなこと言うんだったら、先週貸したお金、今すぐ返してもらおうかなぁ?」
「……まて陽子。話し合えばわかる。我が家の緊縮財政の中でおまえの援助だけが頼りなんだ」
「……さーて、どうして返してもらおっかなぁ」
「悪かった。俺が悪かった」
「ふふん。ま、わかればよろしい。今日はめでたい日ゆえに特別に赦してつかわそう。
この陽子様の寛大な心によーく感謝するように」
 ちょっと気分が直ってきたところを、あの女の笑い声がだいなしにした。
 口に手をあてて上品にくすくすと笑う。いかにも女の子らしい、男の視線を意識しまくったぶりっこ笑い。
 目でわかる。この女は楽しくて笑ってなんかいない。直人の気をひきたくて笑っているんだ。
「……やれやれ、陽子、俺たち笑われているぜ」
「別に。……えと、岩崎さんだっけ? わたしたちこれから家に帰るんだけど」
 笑うのはすぐ止まった。やっぱり演技だ。この女を直人に近づけてはいけない。
 この女はきっと直人を騙して傷つける。そんなのは絶対に許さない。
「……ごめんね、曾我君。でもこれで同じ学校の友達だよ。4月からよろしくね」
「ああ、こちらこそ。でも岩崎さんは美人だから、俺なんか興味ないって思ってた。なんか近寄りがたい感じでさ、
あたしとつきあうなら高くつくわよって感じでさ」
「うう、酷いなぁ。……曾我君は頭良いから、勉強について行くのが必死なお馬鹿な子の心がわかんないんだよ。
私、この高校に入りたくて必死だったんだから」
「そうかなぁ。俺、別に普通だけどなぁ」
 直人、あんたは勉強は優秀だけど、女の鑑定は間違いなく赤点。こんな女のみえみえの演技にひっかかってちゃだめ。
まったく私がついてないとダメなんだから。
「直人、合格したこと早く家に連絡しないと! 今日はお祝いパーティやるんだから!」
「……そうだな。じゃあ、岩崎さん、またね」
「あ、曾我君。これ私の携帯。もう友達だから、教えとくね」
 私が油断した隙に、あの女は直人に電話番号のメモを押しつけてた。
「直人!」
「なんだよ、陽子。番号教えてもらったんだから、こっちも教えないと失礼だろ!」
「あ、そうだ」
 わざとらしくこの女は私のほうに向いた。
「梶原さんにも教えておくね」
「……、ありがと」
 メモを渡しながら、この女は嫌らしく笑った。
 そう、狙ってるんだ。 私は携帯に番号を入力しおわると、直人の腕を抱え込んだ。
 私の胸に押しつけてぎゅっと挟み込む。そう、あんたと違って私は直人にこれ以上だってしてあげられる。
「おい、陽子。なんだよ、急に」
「うん、合格して高校でやること決まったなって思ってさ。……ねぇ直人、今日は直人の好きなものいっぱい作るよ。
何がいい?……あ、じゃね、岩崎さん」
 校門へと直人を引きずって歩き出しながら、わざとらしく付け足しのように挨拶をしてやる。
 頑張ってるね。でも笑顔がこわばっているから。あんたが友達を狙うなら、私はそれ以上になるから。
「じゃあ、岩崎さん。……それにしてもまったく、今日の陽子は少し変だぞ。それに……」
「うん? 何?」
 私は抱え込んだ腕にさらに胸を押しつけた。つぶれた乳首がかすかに気持ちいい。
「……いや、その……」
「はっきり言ってよ」
 ま、言えるわけ無いよね。直人はそうやって純情してるの。わたしがちゃんとしてあげるから。
「……、別になんでもない」
 赤くなっている直人をみて、私は嬉しくなった。こんなのは序の口だから、直人、覚悟しておくよーに。


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