無題 第3回
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 初めて会った時は少し綺麗な子って思ったぐらいだった。
 しばらくして校内で会う度に自然と目で追う自分に気がついた。
 彼女の事を考えていると胸が熱くなった。
 二学期に入った辺りでようやく自分が恋している事を自覚した。
 彼女の名札にある平田という名前しか知らない。共通の友人もいない。
同じ学校、同じ学年という以外の接点は全く存在しなかった。
 何故違うクラスなのか神に呪った。
 休み時間は理由もなく廊下に出て、彼女が出てくることを期待しながら時間を潰した。
 彼女を目で追うだけ、そんな悶々としたものを押し込めたまま彼女に一言も話せないまま半年を浪費していった。

 話したいけど話せない。何を話したらいいかどころか、話しかける切っ掛けすらない。
どうしようもない状況が続いていた。
 悶々と妄想していも現実が変わるわけでもない、でも暇さえあれば彼女のことばかり考えていた。
考え事しながら歩いていると階段の前に来た辺りで誰が倒れてきて、自分も巻き込まれる形で倒れた。
 ついさっきまで頭の中のいた彼女が目の前――自分に倒れ掛かる形でいた。
 この状況が発生したことに神様に感謝した。
「ご、ごめん」謝るのは相手の方が正しいのかもしれないがとにかく自分の口から出た言葉はそんなものだった。
「こちらこそごめんなさい」
 それだけ言うと彼女はすぐさま立ち上がり小走りで去っていった。
 本当にそれだけだった――神様にサービス精神はないと確信した。
 でも彼女と初めて触れ合えた。そのことだけで十分に幸せだった。

 

 しかし時間が立ち少し落ち着くと、やはり仲良くなりたいという衝動ばかり湧き出してきた。
 しばらくして意を決して挨拶をしてみた。挨拶は返してくれたけどそれだけだった。でも嬉しかった。
でももっと仲良くなりたい。でも切っ掛けがない。
 そんな悶々とした考えを幼馴染の大助に相談してみたら、「一度コクっちまえ、そうすればあきらめもつく」
前半分はともかく後半は励ましているかどうかわからなかった。でも告白しようと思い立った。
 しかし手段だけで三日は悩んだ。携帯・メールは知らないから問題外。結局口で伝えるか
古典的に手紙を渡すかの二択になった。
本人を目の前にしてちゃんと喋る自信がないという消極的な意見の元手紙になった。
 手紙を書くだけでも恐ろしく時間がかかった。何て書いたらいいのかもわからない。
一週間近く悩んだ挙句書き上げたものが『ずっと好きでした。付き合ってください』
――自分で見ていて なんとも情けなくなる内容だった。
 直接渡す自身もなかったから下駄箱にいれることにした――多分断られることになっても
自分に返事はこないからダメージは少ないだろうから……
 下駄箱に入れようとしたらバッタリと彼女と遭遇した。人気がないから警戒をしていなかった。
 ボクと彼女の視線が合う。
 体中が燃えるように熱くなる。その癖背筋には冷たいものが走る。自分の顎がガクガクと震える。
「えーと……青木君、そこ私の――」
 馬鹿みたいに首を縦に振った。
 言え、早く言え――心の中で何かが急かす。
「つ、つきあってください」顎が震えながら今までいえなかった言葉をようやく言った。
 自分でも言ってしまったことに驚いた。言ってしまった以上はしかたない。息を止めて目を閉じ返事を待つ。
「いいよ……」
 その瞬間魂は天に昇った。

 初めてデートに誘った。
「今日、何するの?」
「えーと、適当に映画でも見ようかなって……」
「適当って何?ちゃんと考えていなかったの!」
「ご、ごめん」
 ――彼女と初めてのデートで、初めて彼女に怒鳴り付けれて、初めて彼女に謝った瞬間だった。

 ――目が覚めた。
 時計を見ればまだ四時過ぎだった。
 頬は濡れていた。寝ながら泣いていたのか――原因は多分、平田の夢を見たから。
 昨日彼女泣きながら謝ってたんだよな。記憶の中では彼女が謝ってきたのは初めてだった。
「なんで今頃謝ってくるんだよ」――誰が聞く訳でもないが口にしていた。
 頭を振るって平田の事を頭から追い出す。今ボクは由香と付き合っているんだから……

 

 彼女、松岡由香は気の会わないタイプだと思っていた。だから同じクラスになってもあまり話をしようとしなかった。
そしてその印象は間違っていないと確信している。
 そして今彼女に屋上に呼び出された。理由はもちろんわかっている。
「私の彼ね、今昔の女の付きまとわられて迷惑しているのよね」
 やっぱり、この女は嫌な女だ。わかっていてわざわざ嫌味たらしく遠まわしに言う。もっとハッキリ言えばいいのに。
「ふーん、私も困ってて人がちょっとケンカしている間に横から変なのが割り込んでくるのよね」
 彼女の言葉に合わせてやる。
「今付きまとっている女ってね、多分自分の事自覚してないと思うよ。」
「そう、私たちの間に割り込んでいる子も多分自覚してないのかしらね、邪魔者だってこと」
 いい加減こんな回りくどい話し方止めてみない、ハッキリと言って見なさいよ――目で言ってやる。
「――ふぅん、私たち何だか気が合いそうね」彼女が鼻を鳴らす。
 何から何まで嫌だと感じているが特に目が嫌いだった。
まるで人の考えなんて全てわかってますよなんて見下したような目。
「そうね、気が合いそうね」
 お互い白々しい嘘をつきながら自然と口元を緩めていた。

 

 気が付けば彼女――平田の視線があった。充血した瞳でじっと見つめられている。
 同じクラスなので一日中だ。授業中もずっと背中で視線を感じる。昨日のアレに今朝の夢。正直落ち着かない。
過剰なまでに意識してしまう。
 どうしたらいいのかわからなかった。
「ねえ、今日行きたい所あるんだけどイイ?」
 そんなボクの心境をわかってか考えていないのか由香はいつもの口調で話しかけてくる。
「行きたい所って?」
「健司の部屋」
 何故だかわからないが彼女は何やら秘めた笑顔をたたえていた。
「いいよ」
「いいの?」アッサリ返ってきた返事に彼女は少しだけ拍子抜けしたような顔になって聞き返してくる。
「そっちから聞いて来たんだろ」呆れた口調になってしまう。一体何を考えていたのだろうか。
 そんな会話の中、背中に冷たいものが走る。今朝から何度なく感じている平田の視線。
「どうかした?」少しだけ心配そうに聞いてくる。
「なんでもないよ」――そんなことはない、ただどうしようもないだけで――。


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