無題 第1回
[bottom]

 朱色に染まった川辺。
 ボクは少々悩んでいた。嫌少々というレベルではなく
今目の前にある川に飛び込んで入水自殺しかねない程悩んでいる。
 そしてその問題はいくら悩んだところで解決するはずがないとわかっていても悩んでいる。
 彼女相手に洒落にならない失敗おかした。元々気性の激しかった彼女には散々罵倒された。
その際の傷は今も激しく後を引いている。
 ――あんた隠れてい付き合っている子とかいるんでしょ!
 その際に金きり声でそんな事言われた。そんな子いないのに、ずっと一筋だったのに。
 ――でも、関係修復不可能だよな。
 情けない話だか彼女が怖くて近づくこともできない。
 更に彼女はあれ以来元々キツかった目つきで時折こちらを威嚇するように睨みつけてくる。ますます近づけない。
 携帯もメールすら指先が震えて無理だった。
 訳もなく足元にある石を思いっきり投げてみる。
 ここは一発叫んだ方がそれらしいのかな。
「なに、一人で黄昏てんの?」
 叫ぼうと大きく息を吸い込んだ時、背中から突然声をかけられビックリして激しく咳き込んだ。
「……なにやってんの?」
 あきれた顔でクラスメイトの松岡が立っていた。
「行き場のなくした青春の衝動を持て余していた」――まあ言ってることは間違ってない。
 彼女は真っ直ぐボクへと近づいてくる。そして家族の間でさえ不自然な距離。
「――ふうん」鼻を鳴らした。
 視界には彼女しかいない。
 お互いの呼吸が感じられる距離。少し落ち着かない距離。
「な、なんだよ」
 少し声が上擦っていた。
「悩み事でもあんの?」軽く笑いながら彼女は訪ねてくる。
「うん、まあ……」
「じゃあ、話してよ」
「誰にも話さない?」
「誰にも話さない」さっきまで笑ってた彼女の顔が真面目な顔になった。
「笑わない?」
「笑わない」なんか彼女の目は真剣になっていた。
「えーと平田とさ――」
「ケンカしたのなら気づいてたけど、そんな事?」
「まあ確かにケンカなんだけどさ、彼女といざしようとした時に立たなかった……」
 もうすこし本能的なものだと思っていたら
「そんな事で落ち込んでいるの?そんなの次の時にでも――」彼女はえらい簡単な事のように言ってくれる。
「更に困ったことに、その際に私の事嫌いなんだとか
 他に付き合っている子がいるんだとか、
 前に電話でなかったのも別に付き合っている子と話していたんだとか
 ――まあ、そんな感じでこじれてケンカ別れ」
「――ご愁傷様……」
「ついでにそれ以来全く立たない」
 ケンカ別れしたことより今はそれの方が悩みだった。
 十代で人生終った気分だった。そういうのはもっとオヤジとかがなるのばかりだと思っていた。
 朝起きても立たず、刺激も何も反応しない下半身に壮絶な喪失感を味わっていた。
「で、彼女とはどうしたいの」
「んー、もう吹っ切ることに決めた」
 ついさっき決めたことだが。
しかも肝心の理由が怖くて謝りにいけないという余りに情けなさ過ぎる理由で。

「松岡ありがとう、少し気が楽になった」
 何でこんなに人に言い辛い事ベラベラ話しているんだろう。
別にそんな親しい友人って訳でもない。
 ――でも、なんか話しやすい相手だった。

 

「じゃあ私と付き合ってみる?」
 何か何処かで食べて行こうって感じの言葉だった。
「――え?何で?」唐突過ぎてよくわからない。
「今、フリーなんでしょ?」
「いや、だから何か唐突過ぎてさ」
「……私もさ、こないだ失恋したばっかりだから色々吹っ切りたいのよね」
「だから何で?」
「ほら、失恋の特効薬って新しい恋って言うじゃない、それとも平田さんの言ってた通り
別に付き合っている人でもいるの?」
「別にいないけどさ」
「だったらいいじゃん」
 彼女はまた先の様に異常なまでにボクと顔を接近させていた。
 真っ直ぐに目の奥まで見つめられている。彼女の目の中にボクが映っている。
 ――あ
 唇同士が軽く触れたのが分った。
 ――自分の視界を占有している彼女の目は真剣だった。

 

 体育の授業、運動場に向かう際に私は平田さんに呼び止められた。
「松岡さん――あなた、ひょっとして青木君と付き合っている?」
「まあ、ね」
「そう……」彼女の声は少し震えていた。
「ふうん――」私は平田さんの瞳を覗き込んで、鼻を鳴らす。
 青木君は彼女の視線を単に睨んでいると表現していたが、それは少し違っていた。
 彼女の瞳の中には後悔と半ばあきらめの色、そして私への怒りの色があった。
「――いつから」彼女の声には押し殺した怒気が含まれていた。
「確か――三日前ぐらいから」
 一ヶ月ぐらい前から、とでも言ってやろうと思ったが少し思いとどまった。
 その言葉を聞いてから、彼女の瞳の中の私への怒りの色は消えていた。
 代わりに、同情とも哀れみともとれる色が浮かんでいた。
「――そう、多分彼、他に付き合っている子いるわよ」あきらめと同情の混じった声。
「そう――忠告ありがとう、『誰かさん』みたいに『一方的に怒鳴りつけたり』せずに
『私の彼』とちゃんと話し合ってみるわ」
 ――ふうん。

 

 友達以上恋人未満。
 そんな言葉がボクの頭に浮かんでいる。
 一応松岡とは付き合うことにした。そして三日ほど経つ。したつもりだが何だが違う気がする。
 下半身は未だ回復の傾向は見られないが、そっちは今のところ関係ない。
 別に嫌いとかそういうのじゃない。何というか落ち着く。頑張らなくていい。
平田との時はこっちが全力で機嫌を損なわせないように頑張っていたが、松岡との間にそういうのはなかった。
「なあ、松岡……」隣にいる松岡に語りかける。
「なに?」
「お前といると落ち着くって言うかなんか――」
 相変わらず、うまく切り出せない。
「へえ、じゃああたし達相性いいじゃん」
「へ?どういうこと」
「落ち着ける相手って相性いいんだよ。一番長続きできるタイプなんだって」少し嬉しそうに彼女は喋った。
「ふーん」
 ――まあ確かに悪い感じではない。
「ああ、それから、青木……えーと下の名前なんだっけ?」
「……健司」
 ――なんかさっきまでことの重みが急激に消えた。
「健司――好きだよ」
 彼女はさっきまでの冗談半分の顔を急に真面目な顔をして言う。
「……何だよ急に」
「いやー、こういうのって機会逃すと中々言いづらいのよ。大体最初の時ちゃんと好きって言ってなかったし」
 照れ隠しか彼女はさっきまで表情を打ち消すように笑っていた。
「――でボクには由香と呼べと?その後には好きって言えってか?」
「そうそう」
 何でもないようなことなのに二人して笑った。
 ――落ち着ける。確かに悪くはない。


[top] [list][Next: 無題 第2回]

無題 第1回 inserted by FC2 system